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第二十話 働きヴォルフと河童少年の泥団子遊び

 夏の昼下がり。


 ジョバンニと共に本土に買い出しに行っていたヴォルフが、塔へ戻ろうと坂道を登っていた。


 荷物を持ちながら休み休み歩みを進めるジョバンニを追い越したヴォルフは、食糧が入った麻袋を担ぎながら独り言ちた。


「みんな、何してるかな」


 額に滲む汗を拭いながらヴォルフは、空を仰いだ。雲一つない空から太陽だけがその存在を主張していた。


 俯き歩き続けるヴォルフの頭にじりじりと太陽の光が照りつける。


「頭が、暑い」


 苦しそうに呟くヴォルフに、大きな声が届いた。


「ヴォルフ兄ちゃん!」


 元気に弾む声に顔をあげたヴォルフは、塔の入り口でしゃがんでいる河童少年を見つけた。彼は、嬉しそうにヴォルフに向かって手を振っていた。


 泥だらけの手をぶんぶんと振っている河童少年の周りには、いくつもの茶色い球体が散らばっている。


「ずっと、遊んでいたの?」


 担いでいた麻袋を地面に置きながら、ヴォルフは尋ねた。


「うん! すーすーするおにぎりを作ってた!」

 これだよとヴォルフに差し出した彼の手の上には、泥の塊が一つ乗っていた。


 ヴォルフは、少年の手のひらにある茶色い塊を指さしながら、

「これ、泥だん……おにぎり?」


「おにぎり! いいっぱい作ったの。これ、すーすーする、とくべつなやつ。紗良が!! ひでんの……れぴぴ、教えてくれた!」


 屈託のない笑顔で答える河童少年に、ヴォルフは少しだけ目を逸らすと「そっか」と小さく相槌を打った。はぁと小さくため息を吐きながら腰を下ろす。


 傍らに置いた麻袋の綻びを指でひっかきながらヴォルフは、

「ジョバンニ、まだかな……」

 小さく呟いた。


 ふぅとまた息を吐いたヴォルフは、麻袋に空いた小さな穴から指を離すと河童少年に視線を移した。河童少年は、見覚えのある帽子をかぶっていた。


 ヴォルフは、河童少年の泥だらけの麦わら帽子を見ながら、

「その帽子――」

 思わず手を伸ばした。


「紗良が!! お日様がだめだからって、僕にくれたの」


 河童少年がにんまりと笑った。

 ヴォルフは、少年の言葉に伸ばしていた手を引っ込めて、その手を握りしめた。


 嬉しそうな顔をして麦わら帽子を撫でる少年は、言葉を続けた。


「これをつけると、頭が暑くない。それに――これ、僕にとっても似合ってる、格好いい。紗良もいいって、褒めてくれた」


 へへへとはにかむ河童少年に、ヴォルフは「うん」とだけ答えた。


「ヴォルフ、お前、足、早すぎ――」


 はぁはぁと息を切らしながら、ジョバンニが現れた。


 ヴォルフと河童少年の前まで来たジョバンニは、担いでいた荷物を置きながら、

「ボートを必死で漕いだ(あと)の、この坂……まじきつい。息が……苦しい……」


 はぁはぁと肩で息をしながらジョバンニは、ヴォルフの隣に腰を下ろした。塔の(ひさし)の下で胡坐をかいたジョバンニは、(ひさし)から顔を覗かせて照り付ける太陽を睨みつけた。


 持ってきた麻袋をヴォルフがしたように(ひさし)の下に移動しながら、

「この暑さ、やばすぎだろ。今までこんなに暑いことあったか? 太陽の威力、半端ねぇ。あのボートに屋根がなかったら、俺ら、島に着くまでに干からびてたぞ。マジでぎりぎり」

 ジョバンニは、ふぅと壁にもたれ掛かった。


 ひんやりとしたレンガの壁に背中をぴったりとくっつけたジョバンニは、濡れたシャツから伝わるレンガの冷たさに、驚きの声を上げた。


「嘘だろ、やばい、この壁、冷たくて――最高に気持ちいい……ヴォルフ、お前もやってみろよ」


 ジョバンニは、ヴォルフに笑顔をみせるとそれから気持ちよさそうに息を吐きながら天を仰いだ。


 ヴォルフは、また「うん」とだけ答えた。


 しばらくして息を整えたジョバンニが、河童少年に目を向けた。


 河童少年は、真剣表情で泥団子を丸めている。


「熱心にやってるなと思ったら、泥団子か――いっぱい作ったな」


 ジョバンニは、腰を上げた。


 河童少年の近くまで来たジョバンニは、彼の目の前で腰を下ろして、足元の泥団子を手に取った。


 河童少年が顔を上げた。

「それ、すーすーおにぎり。大きいやつ、ジョバンニ兄ちゃんにあげる!」


「おにぎりか、うまそうだ。じゃ、遠慮なく」

 はむと食べるふりをしながら、ジョバンニは「うめえな。これ」と、やわらかな笑みを浮かべた。


 河童少年は、ジョバンニの様子に満足そうにしてうんうんと頷いてを見せると、はっと思い出したように後ろを振り返った。


 彼の背後に並べられていた泥団子の中から、ひと際きれいに丸められた泥団子を一つを選びっとった。


 ピカピカと艶のある泥団子をヴォルフに見せながら河童少年は、

「これ、一番うまくできたやつ! ヴォルフ兄ちゃんにあげる!」


「一番を、俺に? 良いの?」


 戸惑いながら尋ねるヴォルフに、河童少年は、元気よく頷いた。


「うん!! いいの!」


「一番……」


「うん! 一番!」


 河童少年に真っ直ぐと見つめられてヴォルフは、頬を赤く染めた。


「ありがとう」と言いながら顔を背ける彼の姿に、ジョバンニは、

「なんだお前、照れてんのか?」

 ニヤリと口角を上げる。


 ヴォルフは、そんなんじゃないよと頬を膨らませた。手にしていた泥団子を口元に近づける。


 もぐもぐと食べるふりを続ける彼に、河童少年は緊張した面持ちで尋ねた。


「……僕のすーすーおにぎり、美味しい?」


 ヴォルフは俯きながら、

「うん、とっても美味しい――ありがとう」

 少しだけ口角を上げた。


「それにしても河童、お前、泥だらけだな。帽子にも泥、ついてんぞ」


 ジョバンニが、口を開いた。


「あ、そうだ」


 ジョバンニの言葉にヴォルフは、泥団子を持っていない方の手でズボンのポケットをまさぐった。


 体を捩りながら、なんとかポケットから布切れを取り出すと、

「泥、とってあげる」

 河童少年の帽子にこびりついていた泥を拭った。


 ごしごしと帽子についていた泥を拭っているヴォルフの額から流れる汗を眺めながら、ジョバンニは、

 「ヴォルフ、お前も、汗でどろどろだし――俺も、なんか臭ってきたし……じゃあ、また三人で一緒に湯あみすっか」


 河童少年は、元気よく頷いた。

 

 ヴォルフも、

「うん」

 頬をゆるめながら頷いた。


 二人の姿に笑顔を浮かべたジョバンニが、よっこらしょとようやく腰を上げて、麻袋を二つ担ぎ上げた。


「さ、行くぞ」


 ジョバンニは塔の扉を開けた――。




 翌日、目の下に隈を作った紗良が、

「二日連続貫徹して、ようやくできたわ。今回も、もちろん傑作よ」

 ヴォルフに差し出したのは、河童少年のよりも一回り大きな麦わら帽子だった。

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