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第二話 紗良と彼女の独り言

「ヴォルフのこと、良かったんすか?」


 カイルが紗良に尋ねた。


 ヴォルフが出て行った後、紗良は彼がこぼした味噌汁を片付けていた。


 紗良は短くため息を吐いて、

「いいのよ。私たちの関係、色々と限界だったんだと思うわ。最近のヴォルフ、私の存在を受け入れられないって言うか、(つがい)っていう存在に縛られていたって言うか、なんだかいつも悩んでいたじゃない?

それでなくても思春期でイライラしてるのに、更に、こんな得体の知れないババアがくっついてるんだもん。そりゃ怒るわよ。

私も、自覚あるの。確かにうざいバッバだったわ。あの子が可愛いすぎちゃうもんだから、ついつい手をかけ過ぎたのよ」


 腕を組んで紗良は天井を仰ぎ見た。真剣な表情で上を見たまま言葉を続ける。


「私、もう少し早く彼を解放してあげればよかったと思ってるわ。あの子に好きな子ができる前に、あんなに私を毛嫌いする前に、彼を手放していたら――」


 紗良の言葉にカイルがピクリを反応した。


 視界の端で揺れる彼のうさ耳を見た紗良は、視線を彼に戻しながらふふふと柔らかな笑みを見せた。


「実はね、知ってたのよ。ヴォルフ、同じクラスに好きな子ができたって。猫耳のかわいらしい子なんですってね」


 紗良の言葉に、カイルがどうしてと狼狽えている。


 ひょこひょことせわしなく動くうさ耳に、紗良はいたずらな笑みを浮かべて答えた。


「ジョバンニがね、教えてくれたの。この(あいだ)学校にヴォルフを迎えにいった時に、ヴォルフとその猫耳ちゃんが学校のベンチで楽しそうに顔を寄せ合って喋っていたって――恋人同士みたいだったって」


 青春よねと微笑む紗良に、カイルは慌てた様子で首を横に振った。


「でも、多分、ヴォルフは、エミリアちゃんのことを、その、こ、恋人みたいに好きとか、そういうのじゃないっす」


 必死に否定するカイルに、紗良は「いいのよ」と、目を細めながら、

「猫耳ちゃん、エミリアちゃんって言うの。可愛らしい名前ね」


 笑みを絶やさない紗良。それでもカイルは心配そうにして彼女の顔を覗き込んだ。


「カイル、私、本当に大丈夫よ。ヴォルフの初恋が猫耳ちゃん、いいじゃない。

あの子、学校に通い始めてからほとんど私と口を聞かなくなっていたから、学校が嫌なのかとか、辛いのかとか、なんにも全然わからなくて、色々心配していたけど。

でも、もうあの子、一人ぼっちじゃない――本当に良かったと思ってるのよ」


 紗良は、カイルをまっすぐと見つめた。


 彼女のすっきりとした表情を見たカイルは、

「わかったっす。紗良さんが大丈夫ならいいっす」

 安堵の表情を浮かべて立ち上がった。


 部屋の隅に置かれた麻の(かばん)を持ち上げたカイルは、それを肩に掛けながら、

「じゃあ、そろそろ俺、仕事に行くっす」


 カイルの言葉に、紗良はうんうんと頷き笑顔を見せながら、

「今日は、帰りが遅くなるんでしょ? ジョバンニが代わりにヴォルフを迎えにいってくれるって言ってたけど――カイル、あなた、あんまり無理しないでね」


 立ち上がってカイルの前まで来た紗良は、(かばん)の紐でよれた彼のシャツの皺を伸ばしながら、

「帰り、海を渡る時は特に気をつけてね。海が荒れていたら、遠慮なくアーサーの工房に泊まらせてもらうのよ。無理は禁物――って、また私、うざかったわね。バッバに戻ってたわ」


 ごめんねと眉尻を下げながら紗良は、肩を丸めた。


 カイルは、悲しそうに縮こまった紗良の背中に手を回すと彼女をぎゅっと抱きしめた。


「紗良さんも無理は禁物っす。寂しかったら俺とジョバンニさんにいつでも言って欲しいっす。紗良さんも――俺らに遠慮はなしっす」


 言い終えたカイルは、また紗良をぎゅっと抱きしめると「行ってくるっす」と言って、うさ耳を引っ込めた。


 紗良に笑顔で手を振りながら部屋を後にした――。




 ヴォルフとカイルがいなくなった居間に一人取り残された紗良は、静まり返った室内をぐるりと眺めた。


「私がここにきて、もう十年か――」


 呟いて紗良は、自身の手を眺めた。


「カイルとジョバンニは、いつの()にかアラサーだし、立派に仕事してるし、ヴォルフは、学生で初恋か――

でも、なんでだろ、私は、召喚された時のまま。

変わった事って言ったら少し痩せて、それと虫歯が治ったことくらい? 十年も経つのに歳もとらないで当時のままなんて、こんな気味悪い(つがい)、思春期じゃなくても嫌がるか――」


 紗良は、手を見つめたまま小さくため息を吐いた。


「私、一生このままなのかな。ちょっとは老いていくのかな。あ、でも年寄りになってカイルとかジョバンニに迷惑かけるのも嫌だし。彼らにもきちんと家族ができれば……って、え? ちょっと待って、そうなったら、私、一人? え? そしたらさすがに寂しいなー。

この塔で一人暮らしは、さすがに怖いわ。あ、じゃあ、私もパートナーを見つければいいんだ。

この世界では珍しい、つやっつやの黒髪ですよって、この髪を武器に、モフモフでふっかふかなおじ様を見つけて――そうね! そうよ! 私だって、まだまだやれるわ! 時間も有り余っていることだし、筋トレとか、だ、断酒とか、とにかくなんでも一生懸命に頑張れば、私だって彼氏の一人や二人!! 二桁だって――こうなったら逆ハーレム狙いよ! 美魔女となって素敵なモフモフ殿方をたっくさんゲットするわ!」


 やってやるわよ! と、拳を突き上げた紗良は、握り締めたその手が熱を帯びていることに気がついた。


「あれ? おかしいわね。熱出てきた? なんで、突然? 引きこもってるのに? ――あれ? この感覚。むううんって感じ。これ、なんか、あれ? 懐かしいわこの不快感。もしかして、また虫歯が――」


 最後まで言い終えずに紗良は、意識を失った。


 誰もいない塔に、紗良が床に倒れた音だけが響き渡った――。

活動報告にも書きましたが、更新時間が昼から夜に変更になります (。-人-。) ゴメンネ

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