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第十九話 ヴォルフと発熱した河童少年

――カンカンカン


 作業小屋に、木槌を打ち鳴らす音が響いている。


 規則的に打ち付けるその音に不意に控えめなノック音が交じった。


「――ジョバンニ」


 ヴォルフの声が聞こえた。


 彼は、作業小屋の扉を開けながら、

「お昼ご飯、持ってきたよ」

 籠を手に作業小屋に滑り込むようにして入ってきた。


「お、悪りぃな。助かる、ちょうど腹が鳴ってたとこだ」


 作業机に向かっていたジョバンニが振り向きながらヴォルフに笑顔を見せた。彼は、持っていた木槌とのみを机に置くと、首に巻いていた布を(ほど)いた。


 こめかみを伝う汗をぬぐいながら、

「あいつ――河童の熱は、下がったか?」

 ヴォルフを見遣った。


「うん。下がったよ。もう大丈夫だってバッバが……薬草が効いたみたい。でも、まだ、汗がいっぱい出てる」


 心配そうな表情で答えるヴォルフに、ジョバンニが、彼を元気づけるように彼の丸くなった背中をさすりながら言った。


「河童のやつ、突然寝込んだから、お前も心配だったろうけど、熱が下がったんなら、もう大丈夫だ。一週間も、外で寝泊まりしたんだ、熱くらい出るだろ。

むしろ、昨日まで元気だったのが、すげぇよ――そもそも、あんなに寝込んでるのに、まだ、河童でいるんだから、あいつの魔力と体力、元気な俺らよりあるんじゃね?」


 心配すんなと、ジョバンニは、軽くヴォルフの肩を叩くと、それからヴォルフが持ってきた籠の中を覗き見た。


「お、今日は、塩にぎりと――あ、味玉か、ネギたっぷりだな。ああ、これ、昼飯じゃなく、夜に果実酒と一緒に食いたかったなぁ」


 残念そうにいているジョバンニに、ヴォルフが言った。


「バッバ、たくさん作ったから、ばんしゃくにも出すって言ってた」


 ヴォルフの言葉にジョバンニは、ニヤリと口角を上げながら、

「そっか、なら、遠慮なく。これ、マジ美味いから、酒のつまみに、何個でも食えるんだよな」


 手元の小鉢に入った味付けたまごをまるまる一口で頬張った。


 小鉢の底に溜まっているネギを汁ごと飲み込んだジョバンニは、それからすぐに、塩むすびに手を伸ばした。


 美味(うま)いと頬を緩めるジョバンニの視線の先では、ヴォルフが浮かない顔をしていた。


「どうした? 河童の事が心配か?」


 ジョバンニの言葉に、ヴォルフはその首を振りながら、

「バッバ、昨日からずっと寝てない」


「ああ、紗良の事が心配なのか――」


 ジョバンニは、指にこびりついた米粒を食べながら、

「あいつも、大丈夫だぞ。徹夜には、慣れてるし――それに、お前も小さい頃よく熱を出してたからな。一晩くらいの看病、慣れたもんだろ」


「俺も?」


「ああ、お前が、二歳か、三歳くらいの頃かな、なんでか知らんけどその時期、お前、よく風邪を引いて、熱出してたぞ。そのたんびに、カイルが薬草を煎じて、紗良が看病して、それで、アーサーさんは――いつもお前の周りをまわっておろおろしてたな」


 クククと懐かしそうにしながらジョバンニは、二つ目の塩むすびに手を伸ばした。


「あ、そう言えば、そういうお前が熱出した時のことも紗良、記録につけてたぞ。便所紙に色々かき込んでたな。

確か……熱を出した時間とか、薬草をあげた時間とか、薬が切れて熱がまた上がったとか、とにかく、細かく記録してたな。

あいつが言うには、もしひどくなって、医者にかかることになったら、そういう記録は、役に立つらしい。ま、無くても良いんだろうけど、あいつ、心配症だからな。看病も完璧にってやつだな」


「俺の時も、ずっと、バッバ、寝てないの?」


「ま、そうだな。便所紙に記録して、煎じ薬飲ませて、粥食べさせて……汗拭いて、服着替えさせて――」


 考えるようにして天井を見上げたジョバンニは、

「ま、あれだ、お前、気になるなら紗良の育児記録、見てみろよ。あそこに、紗良が今までお前が熱を出して寝込んだ時の事、全部書いてあっから」


 持ってくるか? とジョバンニが腰を上げようとすると、ヴォルフは、ジョバンニの腕を取り、首を横に振った。


「まだ、父ちゃんの読み終わってないから」


 ヴォルフの言葉に、ジョバンニは浮かせた腰を下ろしながら、

「とにかく、紗良も、河童も大丈夫だ。心配すんな」

 笑顔を見せた。


 小さく頷いたヴォルフに、ジョバンニは、その声音を弾ませるようにして、

「さ、昼飯も済んだし、俺はまた、河童の食器作りを再開するわ。あいつが元気になって、また、クチバシで食器割られたらたまったもんじゃないからな。つついても壊れない頑丈な器、作るわ」


 食べ終わった食器を籠に戻しながらジョバンニは、あ、と思い出したように、

「そういえば、紗良、徹夜すると肩凝るって言ってたな。カイルの部屋に肩凝りと頭痛に効く煎じ薬があったはずだから、お前、あいつに持って行ってやったらどうだ?」


 ジョバンニの言葉にしばらく黙りこくっていたヴォルフがようやく口を開いた。


 ジョバンニに、おずおずと尋ねる。


「――バッバ、肩たたき、好き……だったよね?」


「ああ。紗良、薬草よりも、何よりも、お前の肩もみが、一番肩凝りに効くって言ってたな。でもあいつ、お前の肩たたき券、ずっと前に使い切ってたぞ」


 わざとらしく難しい表情をするジョバンニに、ヴォルフは、頬を膨らませながら、

「今回は……特別」

 ジョバンニから籠を奪い取るようにして走り去った。


 ヴォルフを見送りながら、ジョバンニは、嬉しそうに口角を上げた。


「今夜の果実酒は、美味くなりそうだな」


 頬を緩めながらジョバンニは、木槌を手に取った――。


 その日の夕方、居間には熱が下がりすっきりとした顔で木の器の粥をつつく河童少年の姿があった。


 その正面では、嬉しそうにしてヴォルフに肩をもんでもらっている紗良がいた。


 彼らの姿を眺めながら、ジョバンニは、満足そうにして味玉を一口で頬張った。

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