第十七話 自称河童少年の末路
「これ、お前、よくこんなんで、こいつを河童だって言えたな」
ジョバンニは、愕然としながら言った――。
紗良達は、居間にいる。
彼らが囲む丸テーブルの上には、ヴォルフが学校で使っている絵具が置いてあった。
絵具の横の白い紙には、紗良が時間をかけて描いた本格的な河童の絵が描かれていた。
ジョバンニは、テーブルの真ん中に置かれたそれと目の前の自称河童少年を、眉を吊り上げながら見比べている。
自称河童少年は、テーブルの上に置いてある絵を見てばつが悪そうに肩を竦めていた。
ヴォルフは河童少年の隣に座り、彼をちらちらと盗み見ている。
河童少年の向かいには、紗良が座っていた。
紗良は、隣で不機嫌にぶつぶつと言っているジョバンニに不満げに頬を膨らませながら、
「だって、仕方ないのよ。今回は、暴走しないようにって慎重に物事をね、色々と受け入れつつ……もしかしたら、こんな河童も存在するんじゃないかと、暴走して頭っから否定せず、慎重にね。
ここ、私にとって異世界だし。私、転移したし――今までなんでもありだったわけで、だったら、モフモフの河童も……ありなんじゃないかと……」
河童少年のように背中を丸めた紗良。
ジョバンニは、彼女を横目に呆れたと腕を組んだ。
「そこで、慎重になるなよ。明らかに河童じゃねぇだろ。違い過ぎるだろ。皿とくちばし取って、もっとふさふさにしたら、こいつ、完全に狸じゃねえか。
紗良、お前、よくこんなやつを目の前にあんな大きな声で『河童?!』って叫べたな。そこは、まず『狸!?』だろ」
「だって『僕、河童です』って言われて……」
「いや、いや、いや。じゃあ、あれか? 俺が皿を頭に乗っけて、くちばしつけて、『俺、河童』って言ったら――ヴォルフ、お前、俺の事を河童って認識するか?」
ジョバンニは、ヴォルフを見た。突然振られた質問に、ヴォルフは、ブンブンと首を横に振った。
ヴォルフを横目でみた河童少年は、がっくりと肩を落とした。
ジョバンニは、河童少年に眉を顰めながら、
「こいつ、お前が適当に廊下の壁に描いた河童を適当に真似しただけだな。お前、獣化だけじゃなくて自由に姿を変化できんのか――。お前、魔力がやばいんだな……。それは、まぁいいとして。
しっかし、お前、そのレンガ色――そこは忠実に再現したんだな。お前の履いてるズボン、完全にレンガじゃねぇか。
その色むらとか、どんだけ細けぇんだよ。その色味で廊下の壁に立ってみろ、お前って認識できる奴いねぇぞ」
ジョバンニの言葉に、河童少年は頬を緩めた。
「そこ、褒めてねぇからな。そもそも――お前、いつから島にいた。なんで、ここにいる?」
矢継ぎ早に河童少年に質問を重ねるジョバンニ。彼の河童少年に対する威圧的な態度にヴォルフは、ひやひやとしながら河童少年を見遣った。
河童少年は、しかし、ヴォルフの心配をよそに先ほど褒められた事に嬉しそうに頬を緩めたまま、もぞもぞとズボンのポケットに手を入れた。
クシャクシャに丸められた紙を取り出す。
ジョバンニが、尋ねた。
「んあ? なんだそのボロボロの紙」
「紗良の手紙」
「私の手紙?」
紗良がすかさず手を伸ばした。河童少年から紙きれを受け取った紗良は、そのヨレヨレの紙を慎重に引き延ばし、
「あ、これ、召喚士様の字じゃない。え? あなた、召喚士様と一緒に島に来たの? でも、召喚士様――何も言ってなかったわよね? え? 召喚士様と一緒にって――あなた、この一週間ずっと島にいたの?!」
河童少年は、こくりと頷いた。
「嘘だろ? お前、どこにいたんだよ。俺、お前の気配全然感じなかったぞ――」
信じられないといった様子で、ジョバンニはヴォルフに視線を投げた。ヴォルフも、驚いた様子で首をぶんぶんと振っている。
河童少年は、へへへと嬉しそうに口角を上げた。
「いや、だから褒めてねぇって。ってか、お前、一週間どこにいて、何食ってたんだよ。どうやって島で生きてた?」
「山で――木の実とか、海で、カニ」
「お前、なんで、一週間も、一人で……寂しくなかったのか?」
河童少年は、こくんと頷いた。
「寂しいけど、大丈夫で、でも、だから、塔に行った。紗良、そうしたら河童が好きだって。
僕、色々な家に行って、みんなの好きなやつに変身して、そうしたら、みんないい子だって、僕の事。食べ物もくれる。だから、僕、河童に――」
「ダメ! これ以上、おばちゃんには厳しわ。おばちゃんの涙、決壊寸前!! わかった、わかった、おばちゃん、全部察した。
もう、何も言わなくていい。思い出さなくていい。あなた、ここに、ずっといればいい。河童やめていい。好きな格好していい。
わかった、わかった、あの言葉足らず枝毛野郎が、十年ぶりに島に来た訳も、ようやくわかった」
涙を乱暴に拭いながら紗良は、立ち上がり、
「とりあえず、ご飯よ!!」
すたすたと居間を後にした――。
「河童、良かったな。お前、俺らの新しい家族だ――という事で、じゃあ、とりあえず、紗良の飯ができるの待つか」
ジョバンニが、ゴロンと寝転がった。
こくりと頷いたヴォルフは、テーブルの上に広げられた絵具を手慣れた様子で片付け始めた。
理解できないと言った顔で呆然としている河童少年。
「河童、気にすんな。これが、うちの普通だから」
ジョバンニは、ニヤリと口角を上げた――。




