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第十四話 ヴォルフが選んだ帰り道

「本当に良かったのか?」


 ジョバンニは、横目でヴォルフに尋ねた。


 ヴォルフは、俯きながら首を縦に振った――。


 夕刻過ぎ、ジョバンニとヴォルフはアヒルボートを漕ぎながら島に向かっていた。


 隣国へと出発するアーサーとカイルを見送ったヴォルフは、ジョバンニと合流し、塔への帰路についていた。


「アレックスさん、お前と暮らせるって喜んでいるって聞いてたけど……」


 アーサーがカイルとともに隣国に行っている(あいだ)、ヴォルフの叔父であるアレックスは、本土で彼の面倒を見ることをアーサーに提案していた。しかし、ヴォルフは島でアーサーの帰りを待つことを選んだ。


 黙り続けるヴォルフに、ジョバンニは続けた。


「ま、俺がいるから、もし本土(あっち)に行きたいってんならいつでも送っていってやれるけど――でも、アレックスさんのところのタウンハウスに泊まってた方が自由に出来たんじゃないか? こっちだと――嵐が来たら孤立しちまうからな……ま、でも、ボートがありゃあ、大丈夫か」


 何の反応もないヴォルフにジョバンニの言葉は、独り言のようになった。


 何を話しても黙り続けているヴォルフに、ジョバンニは話題を変えようとヴォルフが抱きしめている紙束に視線を移した。


「それ、アーサーさんが持っていた育児記録だろ?」


 言い終えてジョバンニは、ヴォルフの反応を見た。


 ヴォルフは、黙ってこくりと頷いた。


「読んだか?」


 ヴォルフは、ジョバンニの言葉にまた、こくりと頷いて、

「全部じゃないけど……読んでる」


「そっか――」


 ジョバンニは、ヴォルフがようやく口を開いたことにほっとした様子で、

「それな、実は、塔にある紗良の育児記録と、書いてある内容がちょっと違うんだよ」


「え?」


 ヴォルフがジョバンニを見上げた。


 興味を抱きはじめたヴォルフの反応にジョバンニは、内心でほっとしながら、

「そっちの、お前が持っている方は、紗良がアーサーさんにクリスマスプレゼントとして贈ったやつなんだ。

初めてのクリスマスの日にな――そこに書かれている字、最初の方は紗良ので、後半というか……九年分くらいは、アーサーさんが書いたもんだな」


 見てみろというジョバンニに、ヴォルフは抱きしめていた紙束の(ページ)をめくり始めた。


 最初の数(ページ)しか読んでいなかったヴォルフは、(ページ)を繰り続け、

「あ、父ちゃんの字だ――」


 少しだけ目を見開いてヴォルフは、書かれている字を指さした。


「だろ? そっちは――アーサーさんの育児記録って感じだな」


「父ちゃんの……」


「そうだな。紗良の方はな、紗良と、俺と、カイルがそれぞれ手を加えていたから、アーサーさんのとは全然違うし――紗良だしな。

お前が持ってるそれよりも、もっと俺らの方はくたびれてて、パンパンで、はち切れそうで、やばいけど……でも、もし、紗良の方も見たかったら、いつでも言えよ――すぐに見せてやる。夏は長いしな。暇つぶしに両方を読んでみるのも良いんじゃね? 紗良の、俺らの方は、マジでクソみてえに長げぇぞ。超大作だ」


 ジョバンニは、前方に見えてきた島を眺めながら、またヴォルフに話しかけた。


「――それとな、俺と紗良は、お前が島を選んでくれて嬉しいぞ」


「ば、バッバも?」


 驚きながら尋ねるヴォルフに、ジョバンニは、当たり前だろと眉尻を下げながら、

「あいつ、お前がアレックスのところに行くと思い込んで、ここ数日、落ち込んでたんだよ。あいつ、お前と何カ月も離れた事ねぇからな。それは、普通に寂しいだろ。俺だって、寂しいし――」


 ちらりとヴォルフを盗み見たジョバンニは、彼がまた俯いたことに困ったような表情をみせると、

「とにかくな……紗良も、俺も、なんていうんかな。すげぇ、面倒くさいくらいにお前の事が大切で、だから、ずっと一緒にいたいと思ってんだ」


 ジョバンニは、ヴォルフの頭をポンポンと叩いた。


「お前の学校の事とか、友達とか、よく分かんねえけど……とにかく、アレックスさんと紗良と俺、みんなでお前を取り合うくらいには、お前、みんなに好かれてるってことだ。だから、なんて言うんかな、お前、自信持てよ」


 ヴォルフは、膝の上に乗せていた紙束に視線を落としたまま、腕でごしごしと目を擦った。


 ジョバンニは、彼が涙を拭う様子にあたふたとしながら、

「あ、でも、自信……持たなくてもいいかもな。俺も自信なんてねぇし。それに、なんだ、そもそも、自信って何だろうな――わかんねぇよな。俺も、わかんねえし」


 嗚咽をもらすヴォルフをなだめるようにジョバンニは、彼の背中をポンポンと叩いた。


「とりあえずだ。もうすぐ島に着くことだし、夕飯だし、紗良のちんぴら食おうぜ。

あいつ、多分、お前が好きな芋のちんぴら、馬鹿ほど揚げてるはずだから、俺の好物の大葉のことなんてすっぽり忘れるくらいに、お前の芋を揚げているはずだし――で、三人で芋のちんぴらを食いまくって、紗良のおならを聞きながら、一緒にババ抜きしようぜ」


「――俺、神経衰弱がしたい」


 ヴォルフがぽつりとつぶやくと、ジョバンニは、にんまりと口角を上げた。


「じゃあ、神経衰弱とババ抜きな。紗良、夜更かしすんなってうるせえだろうけど、あいつにとっておきの果実酒を買ってきたから、大丈夫だ――今日だけは、特別に夜更かししようぜ」


 ――よし、急ぐぞと、ジョバンニはペダルを漕ぐ足に力を入れた。


 ヴォルフは、鼻を啜りながら前を見た。


 視線の先の船着き場では、紗良がランタンを手に笑顔で手を振っていた――。

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