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第十三話 無職のジョバンニと出稼ぎに行くカイル

「早ぇな。もう今日、出発か――」


 居間のテーブルの前で胡坐をかいていたジョバンニは、呟くようにそう言って床に寝転んだ。


 朝陽を浴びながら彼は、ゆっくりとその視線を紗良に向けた。


 紗良はテーブルを拭いている。彼女の傍らには重ねられた皿と箸が盆の上に乗せられていた。


 紗良は、視線をそのままにジョバンニの呟きに答えた。

「召喚士様、自分が帰るのと一緒にアーサーとカイルまで隣国に連れていってしまうなんて――やっぱり、彼、すごいわ。召喚士辞めても、アーサーとカイルを自分の家(じぶんち)に召喚するそのスキル、すごすぎだわ。そんでもって、大富豪って、ふふふ。どんだけなのよ」


 ――召喚士が紗良のもとを訪ねてから一週間が経った。


 靴の売り上げで城を建てていた召喚士は、城の改築にあわせて島を訪れた。彼は城内に置かれていた家具も一新する予定でその新しい家具を選定するために隣国から島へと向かう折々で家具工房を訪ね歩いていた。


 召喚士からその話を聞いた紗良は、アーサーとカイルも家具を作っていると彼に話しそれを聞いた召喚士は、挨拶がてらアーサーの工房を訪れた。


 もののついでとアーサーを訪ねた召喚士だったが、アーサー達が創り出す次世代の家具のその最先端の技術に、彼は目を丸くして『おぬしら二人の作品、深く深く感銘を受けた。城に置く家具の一切を是非おぬしらに作って欲しい』と、頼み込んだ。


『城に置くすべての家具をおぬしらに任せたい。統一感が(きも)なんじゃ』と隣国に来て城を直接見て、各部屋に合う家具をデザインして欲しいと懇願し、


必死の泊まり込みで願い続ける召喚士の熱意に、アーサーはついに折れ、召喚士が島に来てから三日後、ようやくアーサーはその首を縦に振った――。


「でも、カイルのやつ、よくアーサーさんと一緒に行くと言ったな」


 ジョバンニが意外そうに紗良に言うと、

「カイル、初めは島を離れたくないってちょっとだけは言ってたけど、でもアーサーの設計の技術って、彼のアイディアって、異国で見聞きしたものを参考にしているって言ってたでしょ? ほら、彼が最初に設計してくれた雪ぞりとか、あとは、うちのお便所。それも彼が留学で得たものだったじゃない?

それでカイル、ずっと異国に興味が沸いていたみたいなの。

それに、カイル、今、ずっとアーサーと一緒にいて、彼の事をとっても尊敬しているでしょ? カイルにとってのじいじ的な存在って、今、アーサーなんだと思うわ。

そのアーサーと一緒に異国でしょ? 島には、私がいるし、それなりに管理も出来てるし? 彼が、うんって言うのにそんな時間なんてかからなかったわ」


 テーブルの上の白い布巾に視線を落としながら紗良は、言葉を続けた。


「カイル、私と会って初めて二人で島から本土を見た時にね。あの子、本土に渡れたとしても渡りたくないって悲しそうにしていて、あんなに大好きだったじいじが島を出ても彼を追わずに、ずっと一人で……ずっと島に居続けたいって、私とヴォルフが将来島を出る事になるまでは、せめて一緒にいたいって、泣きそうな顔してたのよ。でも――まさか、彼が先に旅立つなんてね」


 ふうとため息を吐く紗良に、ジョバンニは、またかよと横目で見た。

 

「大げさだな。お前暴走しすぎ。カイルは、ただ、何か月か隣の国に行くってだけだろ? それが、なんで今生の別れくらいになってんだ?」


 ふふふと笑顔を見せた紗良は、

「だって、カイルがね。彼、荷造りしている時に島を離れるのは本当に寂しいって悲愴感たっぷりで鞄に荷物を詰めていたから、つい、私もね」


「お前ら、いつでも大げさだったからな。二人で泣いたり笑ったり――」


「ふふふ。そうなのよ。カイルと私、そう言うことなのよ」


「どういうことか、ぜんっぜんわかんねえけど、ま、カイルがいない(あいだ)、俺、ここにいるし――」


 ジョバンニは、言って紗良の表情を盗み見た。


 彼と目が合った紗良は、ふふふとまた笑顔を見せながら、

「そうだったわね。あなたもいたわね。ヴォルフが家にいるから夏休み気分ですっかり忘れていたけど、ジョバンニ、あなた今、明日から本気出す系の絶賛無職の(たみ)だったわね。

カイルが戻るまでって……とんでもない長期間、あなた、本気出さない予定らしいけど――まあ、いいわ」


「まあ、いいわって、お前、順調なカイルと違って、俺、仕事辞めたのに――気にならないのか……」


 起き上がりながらジョバンニは紗良に尋ねた。いつもの偉そうな態度とは反対に肩を丸めるジョバンニに紗良は、少しだけ眉尻を下げた。


「ちょっとは、気になるけど、よくあることよ。私、見た目あなたより若くなっちゃたけど? でも、経験値はババアのままだから――なんていうの、私もあったのよ。あっちの世界で、無職の時がね。

私、一人で田舎の祖父母が住んでいた家に住み着いて、祖母が植えて増やしていた大葉とかの野草を取って、天ぷらにして食いつないで、明日から本気出すみたいな一年間をね、過ごしたことがあるのよ……だから、まだ一か月経ったくらいのあなたの無職なんて、かわいいんもんよ」


 紗良は、膝立ちのままジョバンニのところへ行くと、彼の頭をポンポンと叩いた。


 なんだよとそっぽ向くジョバンニに、紗良は、

「あなたに、あそこで何があったかはわからないけど、でも、言ったでしょ? あなたも、カイルも、ヴォルフも三人をちゃんと育てるって、あれからまだ十年しか経ってないし、あなたは、私にとってまだまだ子どもで、家族なの。

だから、私、まだまだあなたの事を育てるわ。身体も若返ったことだし、あなたにとことん付き合えるから、だから、ま、当分、一緒にババ抜きしてましょう」


「ババ抜きって――」


 ふふふと言いながら紗良は、彼の頭から手を離すとテーブルの上に乗せていたお盆に手をかけた――。




「紗良さん、そろそろ行くっす」


 カイルが居間に顔を覗かせた。彼は、大きな革製の鞄を手にしていた。


「え?! もうそんな時間? うそ! すぐ行く!」


 カイルの言葉に紗良は飛び上がるように立ち上がると手にしていたお盆をガタンと勢いよくテーブルの上に戻した。


「お見送り行くわよ!」と紗良は、笑顔でジョバンニに手を差し出す。


 ジョバンニは、面倒くさそうに、でも少しだけ口角を上げて、紗良の手を取った――。

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