第十一話 ヤングな紗良に、未だ慣れない男ども
「お前の髪の色を変える染料って、薬草を使ってたのか」
ジョバンニが尋ねる。紗良は、笑顔で「そうよ」と頷いた――。
紗良とジョバンニ、ヴォルフは、塔裏にある薬草畑に来ている。
カイルが管理をしていた薬草畑は、ここ数年、紗良が彼に代わって世話をしていた。
ジョバンニとヴォルフの二人は、朝食後、木陰に腰を下ろしながら紗良の作業を眺めていた。
ジョバンニの隣に座りながらヴォルフは、大きな白い紙に絵を描いている。
「ヴォルフ、それも夏休みの宿題か?」
ジョバンニが覗き込みながらヴォルフに尋ねた。ヴォルフは、こくんと頷くと、恥ずかしそうにして彼に背中を向けた。
「なんだ、見せてくれないのか」
ジョバンニの言葉に、ヴォルフは「下手だから、恥ずかしい」と俯いた。
ジョバンニは、仰向けに寝転がりながら、
「下手ってことはねぇけどな。お前がこの前持って帰ってきた絵。
あれ、色使いが綺麗だったし――上手かったぞ。
お前の絵、なんかアーサーさんのに似てるんだよな。
俺、アーサーさんの絵、好きなんだよ。お前の絵の色使いも……何て言うか、やさしい感じなんだよ。ほら、トランプに書いてあるお前の絵、あれみたいに、やさしい感じ」
ゴロンと横向きになったジョバンニは、ヴォルフに笑顔を見せた。
「自信持てよ」と彼をつつきながら、
「紗良も、お前の絵を気に入ってるんだぞ。お前が小さい頃に描いた絵は、全部取ってあるんだよ。
あいつ、『お前の傑作、捨てられない』とか言って、全部育児記録に挟んで――だから、お前の記録、もうはち切れそうなんだよ」
「俺の記録?」
ヴォルフは、首を傾げた。
「ああ、紗良、お前と暮らし始めた時からの思い出を、全部書き残してんだよ。育児記録って名前つけて、あるばむって言ってたかな、本みたいなやつを作ってんだよ。お前、見たことないか?」
首を横に振るヴォルフに、ジョバンニは「マジか」と驚きながら、
「じゃあ、紗良に見せてもらえよ。あいつ、お前が育児記録見たいって言ったら喜ぶぞ」
腰を上げて紗良を呼ぼうとするジョバンニの手をヴォルフは、慌てた様子で引っ張った。
思いのほか力強く手を握りしめているヴォルフにジョバンニがどうしたと彼に視線を戻した。
ヴォルフは、黙って首を横に振っている。
「お前……まだ紗良と――」
はぁとため息を吐いてジョバンニは、再び腰を下ろした。
「お前、まだ、あいつに話しかけられないのか?」
ジョバンニが尋ねるとヴォルフは、こくんと頷いた。
「みんなでトランプした時に仲直りしたと思ってたけどな――どうした? まだ、紗良が『バッバやめる』とか『番が』とか言ってたのを引きずってるのか?」
ヴォルフは、ジョバンニの言葉に首を横に振った。
ジョバンニは、困ったという顔をしながら、しばらく思案して、
「あ、もしかして、お前もカイルみたいに、紗良が若返ったのにまだ慣れてないとか?」
言い終えてジョバンニは、横目でヴォルフの顔を覗き見た。
ヴォルフの表情を見たジョバンニは、深くため息をつきながら、
「お前らは、本当に順応性がないな。紗良の見た目と匂いが変わっても、紗良は紗良だって、この前も言っただろ。俺を見習え。俺なんて一日で、新生紗良に慣れたからな。順応性の塊だ」
得意げに胸をはるジョバンニ。
不意に紗良が声を上げた。
「ジョバンニ、ちょっと手伝って――このお便所葉っぱ、すんごく成長しちゃって、畑まで浸食してる」
紗良は、畑の隅に生えている便所葉っぱを引き抜こうとしゃがみこんだ。
催促するように横目でジョバンニを見る紗良。
しかし、紗良の言葉にも全く動く気配のないジョバンニに、痺れを切らしたた紗良は、目を吊り上げながら「ふんっ」と鼻息荒くすると、便所葉っぱの根元部分を乱暴に掴んだ。
ぐぐぐと、両手に力を込める。
「ん、くっ、んぐっ」
眉間に皺を寄せながら力いっぱいに便所葉っぱを引き抜こうとしている紗良。
彼女が踏ん張る姿を、ジョバンニはニヤニヤしながら眺めていた。
彼は、俯いて絵を描いているヴォルフをつつきながら、
「見てろよ。紗良、そろそろ転ぶか、オナラするか、何かが起きるぞ」
クククと楽しそうに紗良に視線を送るジョバンニ。
ヴォルフは、持っていた鉛筆を置くと紗良を見上げた。
――ズボッ
「あ! 抜けた」
思わずヴォルフが声を上げた。
彼の声を聞いた紗良は、嬉しそうにして引き抜いた便所葉っぱを掲げた。
「指示待ちエセ執事がいなくても、こんなに大きいのを一人でひっこ抜けたわー!」と、満面の笑みで紗良は、ぶんぶんと便所葉っぱを振り回した。
――ぽと
「え?」
嫌な予感がした紗良は、恐る恐る首を動かした。彼女の肩には、大きな黒いものが蠢いていた。
モゾモゾと身体を捩らせているそれと目が合った紗良は、
「ギャー! 毛虫ぃいいー!」
便所葉っぱを放り投げながら「イィヤー! 助けてー!!」
木陰にいる二人めがけて走り出した。
彼らの目の前まで来た紗良は、木の根元に足を取られ、
「あっ」
ヴォルフが、また、思わず声を上げた。
勢いよくすっ転んだ紗良は、寝転がっていたジョバンニにダイブした。
――ボンッ
紗良を受け止めたジョバンニは、彼女と至近距離になった途端、顔を真っ赤にして変化した。
獣化した彼の体毛は綺麗さっぱり刈り取られており、剥き出しになったその肌は、熟れたトマトのように真っ赤に染まっていた。
『お、お前、ば、バカっ! あ、危ねぇだろ』
平常心を装い紗良に文句を言う羊の声は、しかし動揺を隠しきれずに上擦り、彼の鼻は忙しなくヒクヒクと動いていた。
そんな羊を横目で見ながらヴォルフは、
「ジョバンニだって、慣れてないじゃないか」
小さく呟いた――。
「フォッフォッフォ。賑やかじゃのう。よきよき」
三人の前に立派な髭を蓄えた老人が十年ぶりに現れた――。




