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第十話 紗良とケモ耳量産計画

 窓から降り注ぐ暑い陽射しを受けながらジョバンニは、その顔をしかめた。


「紗良、もう朝ご飯だぞ。いい加減テーブル片付けろ」


 濡れた布巾を手にエプロン姿のジョバンニは、丸テーブルを挟んで向かい側にいる紗良に不満顔で言った。


 紗良は、真剣な表情で三角形の羊毛に針を突き刺している。彼女の目の前には、無数の獣耳が並べられていた。


 その中の一つを掴み上げたジョバンニは、それをまじまじと見つめながら、

「それにしてもこの耳、リアルすぎだろ。気味が悪い」


 ジョバンニの言葉に紗良は眉を吊り上げた。

「気味が悪いってあなた、やめてよ。ネガティブ発言。それだけ私の羊毛フェルトが上達したってことなのよ。

しかも、この短期間で――これだけの上達っぷり、すごいしかないでしょ。

ああ、若いこの肉体、最高だわね。徹夜しても疲れ知らずだし、目も霞まないし、やりたい放題。

自分で言うのは何だけど? これは女神様に新しく授けられた能力かってくらいに、羊毛フェルトも自在に操れちゃってるし――このリアルさ、最高じゃないの」


「でも、本当にここまでリアルにする必要あったか?」


 ジョバンニは、持っていた兎の耳を触りながら、

「この耳の内側の――皮膚のところ。これの肌触り。もう俺の羊毛フェルトの要素ゼロだろ。なんで、これ、こんなにつるつるしてるんだよ。これ触ってると……ぞわぞわしてくるわ」


 肩を震わせているジョバンニに、紗良は、顔を明るくして声を上げた。


「そうなのよ!! わかった?! わかっちゃった?! 実はね、ふふふ。昨日の夜――またひらめいちゃって、その皮膚の部分の質感をね。よりリアルにしようと思って、混ぜたのよ」


「今度は、何をお借りしたんだよ」


「あれよ」


 紗良は、得意げにテーブルの隅に置いてある蝋燭を指さした。


「蝋をね。温めて柔らかくして、こねて、ピンク色の――ほら雑貨店で買ったピンクの染料を混ぜて、温かいうちに成形して、それでね。それをあなたのウールで覆ったのよ。

乾燥したら、もしかしたら強度がね――ぱきっとおれちゃうかも知れないけど、ま、ウールで覆ってあるし、怪我はしないわよ。

それよりもお貴族様の変身願望に完璧にお答えするリアルさの方を優先したのよ」


 言い終えてすぐに手元に視線を戻した紗良は、ぶすぶすと針を刺しながら、

「今日中にあと、百個は完成させたいわね」


「は?! 百個?! お前、そんなに注文受けてたのか?」


 驚いた様子で尋ねるジョバンニに、紗良は、わかってないわねと頭を振った。


「ジョバンニ、言ったでしょう。この商売は、生ものだって。受注が来てそれからちまちま作ってたら、もう遅いのよ。

商売人はね。欲しい時に欲しいの。スピード勝負。

この(あいだ)カイルが納品に行ってくれたんだけど、なかなか人気が出てきたって店員さんが言っていたんですって。このまま、右肩上がりで――百個なんて、秒ではけるわよ」


 クククと嬉しそうに肩を揺らす紗良に、ジョバンニは、はぁとため息を吐いた。


 無数に並べられている獣耳にまた、ぶるっと体を震わせると彼は、端からテーブルを拭き始めた。


「とにかく、このテーブルは、お前専用じゃないんだ。みんなの憩いの場。お前がそう言ってたんだかなら。占領すんな」


 どけどけと布巾で耳を押しのけるジョバンニに、紗良は、やめて! と悲鳴を上げながら、

「大切な商品、乱暴に扱わないで! ったく」


 獣耳を丁寧に集めた紗良は、それらを傍らに置いてあった籐の手提げ(かご)に入れた。(かご)には籐の取っ手ではなく、長い紐が括り付けられてあった。


 紗良は、かつてこの(かご)の中ですやすやと眠っていた子狼(ヴォルフ)の事を思い出しながら、目を細めてその紐を撫でた。


 ふっと笑顔を見せて、

「――確かに、私専用の作業カウンターを作るってのもいいかもしれないわね。ここ、無駄に広いし、隅にちょこっとテーブル置いたって邪魔にならないし、そうしようかしら」


 (かご)を持ち上げた紗良は、すくっと立ちあがった――。




「ああ。カイルのお味噌汁。久しぶりに美味しいわ」


 紗良が、恍惚とした表情をしながら言った。紗良の隣に座っていたカイルは、照れくさそうに笑顔を浮かべながら、

「紗良さんのも美味しいっす。俺のよりも紗良さんのは、きりっとしてるっす」


 ぴこんとうさ耳を出して紗良を見るカイルに紗良は、その瞳を輝かせてカイルのうさ耳に顔を寄せた。


「カイルのこの耳、本当に可愛いのよね。十年見ててもまだ飽きない。私、このカイルの耳を再現するのを目標にしているのよ」


 ちょっと触ってもいい? と手を伸ばす紗良にカイルは、頬を染めて「どうぞっす」と顔を傾けた。


「お前、まだ、紗良が若返ったの、慣れてないのか? なんだよその赤い顔」


 ジョバンニが漬物を口に運びながら言った。彼の隣に座っていたヴォルフは、ジョバンニの言葉にぴょこんと狼耳を出した。


「仕方ないっす。もうちょっとかかるっす」


 もじもじとするカイルに、紗良は、やわらかな笑みを浮かべて、

「カイル、あなた、本当に可愛いわね。純粋の塊って感じ。全部変わったって、私の性格は何も変わってないわよ。記憶だって、なくなってないし。変わったのは、見た目だけよ」


 紗良の言葉にうんうんと頷いているジョバンニ。


 カイルは、首をブンブンと横に振った。

「違うっす。紗良さん、見た目の他に色々変わったっす」


「え? 色々?」


 首を傾げる紗良。


「良い匂いがするっす」


「匂い? え? 私、匂いも変わったって――嫌だ、私、加齢臭……そっか、私、匂いまでじいじそっくりだったのね。

だから、カイル、あなた私を異世界人でもこんな黒髪、黒目でもすんなり受け入れてくれたんだ。そっか……」


 遠い目をした紗良は、それから、あっと思い出しながら、

「い、いびき――じゃなかった、私の寝息は? 寝息は、なくなった?」

 わくわくとしながら尋ねる紗良に、テーブルを囲んでいた三人が揃って首を横に振った。


 がっくりと肩を落とす紗良に、ジョバンニが口を開いた。


「匂いが変わっても、見た目が変わっても、紗良は、紗良だからなぁ」


「そんなことないわよ! 私は、ババアを卒業して、別人に生まれ変わったのよ。女神様から授かったこの万能感たっぷりの肉体で、けも耳カチューシャを量産して、それで――私、最高のアーティストになるの! 貧乏紗良から富豪紗良へと見事に転身してみせるわ!」


 見てないさよと拳を握りしめた紗良は、残りの朝食を一気に食べ終え作業を再開した。


 一日かけて百個のケモ耳カチューシャを作り上げた紗良は、完成したそれらを前に満足そうに頷いた。


 夕日に照らされながらニヤニヤとしてカイルの帰りを待っている。


 紗良の隣では、ヴォルフが紗良の笑みをちらちらと盗み見しながら学校から出された宿題をしている。


「紗良さん――」


 カイルが、しゅんとしながら居間に入ってきた。カイルと一緒に居間に入ってきたジョバンニは、クククと笑いを堪えている。


「カイル! どうだった? 追加の注文、何個だって?」


 テーブルに手をついて勢いよく腰を上げた紗良は、目をらんらんとさせて彼に尋ねた。


 言いずらそうにしているカイルに、ジョバンニがすかさず答えた。


「生もの商売、もう終わったってよ」


「え?」


 目を見開く紗良に、ジョバンニは、ニヤニヤとしながら饒舌に答えた。


「もう、お貴族様の変身願望、なくなったらしい。ぱったりと売れなくなったらしいぞ。だから、今回の追加注文は、無し」


「嘘でしょ。注文なし――じゃあ、どうすんのよ。このリアル耳、百個も、どうすれってのよ」


 がっくりと肩を落とす紗良を眺めながら、ジョバンニがカイルに楽しそうに話しかけた。


「な、カイル、言ったろ? 懐かしすぎるだろこの紗良。見た目がいくら若返っても、良い匂いがしたって、こいつは、なんも変わってないんだよ。勝手に暴走して、落ち込んで――」


 クククと笑いながらジョバンニは、「これだよ。これ。これが、俺らの紗良なんだよ」


 心底嬉しそうにカイルの肩を掴んだ。


「いつものバッバ――」


 ヴォルフは、手元に視線を落としたままはにかんだ――。




 翌日、リベンジに燃えた紗良はリアルケモ耳をつけた編みぐるみを量産した。


「今の流行りは、アンバランスさよ。かわいいとリアルを見事に――融合させるわ」と、丸っこいふわふわとしたの編みぐるみにリアルな耳と黒光りする目をつけた紗良の新作のぬいぐるみは、

「こんな目と耳をつけたぬいぐるみ――悪魔が乗り移っても、こんな見た目にならねぇぞ。

目ん玉、なんで、これ飛び出てんだよ。一番最初に作ったあのふわふわの耳の要素、どこ行った? 

子どもが見たら、これ――気絶するぞ」とジョバンニに酷評され、当然誰の心にも刺さらず一つも売れることはなかった。


 気味が悪いと店頭に並べることさえも拒否されてしまったぬいぐるみ達は、塔に舞い戻り、居間を囲むように飾られた。


 出戻ったぬいぐるみ達の存在を知らず夜中に帰宅したアーサーは、月明かりのなか彼らの歓迎を受け、全員が飛び起きるほどの悲鳴を上げた。


 翌日、アーサーを恐怖に陥れたこのぬいぐるみ達は、紗良の寝室に移動させられた。


 一連の出来事は、ジョバンニによってヴォルフの育児記録に久しぶりに追記された。

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