幕間:休憩時間
(スタジオの喧騒から離れた、静かで落ち着いた雰囲気の休憩室。壁や調度品は、各対談者が生きた時代や文化を反映したデザインがエリアごとに施されている。モーセのエリアは荒野の夜営地を思わせ、釈迦のエリアは菩提樹が生えている。アブー・バクルのエリアはイスラム様式の美しい装飾、ルターのエリアはドイツの書斎風。それぞれの前には、好みを考慮された飲み物が置かれている。柔らかな照明と、微かに流れる穏やかな音楽が、リラックスしたムードを醸し出している。収録はされていない、プライベートな空間だ。)
(激論を終えたばかりの対談者たちが、それぞれのエリアに腰を下ろす。ルターは大きなため息をつきながら、用意されたビールの入ったジョッキを手に取る)
ルター:「ふぅーーーっ! いやはや、少し熱くなりすぎたかもしれんな!(ゴクリと一口飲み、満足そうに髭を拭う)しかし、モーセ殿とアブー・バクル殿の、あの『偶像断固拒否!』の迫力には、正直、肝が冷えたぞ!」
モーセ:「(用意された新鮮なヤギの乳に静かに口をつけながら)…ルター殿の情熱も、なかなかのものだった。まるで燃え盛る柴のようだ。(少し厳しい表情を和らげ)だが、あれほどまでに『信仰のみ』を強調されるとは…。我らが神は、行いを伴わない信仰を、果たして受け入れられるのだろうか…。」
ルター:「(ビールジョッキを置き)いや、だから何度も言うように、真の信仰は必ず善き実を結ぶのです! 行いが先ではない、信仰が先なのだ! …まあ、この議論はまた後でするとして…。(苦笑い)しかし、こうして落ち着いて話すと、皆さま、それぞれに譲れないものがあるのは当然ですな。」
アブー・バクル:「(シャーイ(紅茶)を静かに味わいながら)はい、ルター殿。預言者ムハンマド様(彼の上に祝福と平安あれ)が命がけで守り通されたアッラーの唯一性…。これを、我々が軽んじることは、決してできません。モーセ様(彼に平安あれ)が、金の子牛を打ち砕かれた時のお気持ち、痛いほどお察しいたします。」
モーセ:「(アブー・バクルの言葉に頷き)うむ…。民というものは、悲しいほどに、目に見えるもの、分かりやすいものに流されやすい。常に目を光らせ、厳しく導かねば、すぐに道を誤る。(遠い目をして)40年の荒野…思い出すだけで、ため息が出るわ…。」
釈迦:「(温かい白湯の湯気を静かに眺めながら、穏やかに口を開く)モーセ様、アブー・バクル様、ルター様。皆さまが、それぞれの民や信じる人々を、真実の道へと導かんとするその強いお気持ち、そしてそのためのご苦労は、私にもよく分かります。形は違えど、衆生を苦しみから救いたいという願いは、私たちに共通しているのかもしれませんな。」
(釈迦の言葉に、他の三人も少しハッとしたように顔を見合わせる)
ルター:「(少し照れたように)…釈迦殿にそう言われると、なんだか先ほどの激論が少し恥ずかしくなってくるな。確かに、そうだ。我々は、人々が偽りの教えや、虚しいものに惑わされず、真の平安を得てほしいと願っている。その点では、皆同じ方向を向いているのかもしれない。」
モーセ:「(渋い顔をしつつも)…ふむ。釈迦殿の言う『苦からの解放』が、我らの神の約束される『祝福された土地』と同じものかは分からん。だが、民が迷い、苦しむ姿を見るのは、指導者として耐え難いことだ。それは、あなた方も同じであろう。」
アブー・バクル:「はい、モーセ様(彼に平安あれ)。預言者も、メッカの人々が偶像にすがり、互いに争う姿を見て、深く心を痛めておられました。アッラーの光の下で、人々が兄弟として平和に暮らすこと、それが預言者の願いであり、我々ムスリムが目指すウンマ(共同体)の理想なのです。」
あすか:「(そっと休憩室の入り口から顔を覗かせ、小さな声で)あのー、皆さん、いい雰囲気のところすみません! そろそろお時間なんですが…あら? なんだか皆さん、さっきまでの険しい顔と全然違いますね! 収録してないのがもったいないくらい!(笑)」
ルター:「おお、あすか殿か。いや、少しばかり『停戦協定』を結んでいたところだよ。(ビールジョッキを掲げ)この時代の飲み物も、なかなか悪くない。」
釈迦:「(微笑んで)しばしの静寂は、次なる対話への良い準備となりますな。」
モーセ:「(少し名残惜しそうに)…うむ。もう少し、アブー・バクル殿と指導者の苦労話でもしたかったところだがな。」
アブー・バクル:「(モーセに丁寧にお辞儀をして)また機会があれば、ぜひ。モーセ様(彼に平安あれ)のような偉大な預言者のお話は、大変勉強になります。」
あすか:「えー! そんな面白そうな話してたんですか! 聞きたかったー! でも、残念! 次のラウンドが待ってますよ! 次は『宗教と社会』について。これもまた、一筋縄ではいかないテーマです。皆さん、英気は養えましたか? 行きましょう!」
(あすか案内に促され、対談者たちはそれぞれ席を立つ。スタジオでの激論とは違う、互いへの敬意と、ある種の連帯感のようなものが、彼らの間に漂っているように見える。休憩室の穏やかな光と音楽が、彼らの背中を見送る)
ルター:「よし、行くか! 次は、信仰がこの世でどう生きるべきか、だ!」
モーセ:「ふん、社会の秩序こそ、律法の本領よ。」
アブー・バクル:「アッラーの法が統べる、公正な社会を語らねばな。」
釈迦:「(静かに頷き)個人の覚りが、いかに社会の平和へと繋がるか…。」
(四人は、それぞれの決意を胸に、再び議論の場へと向かう)