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5.二人でゆらゆらゆれるとき

 帰りの会が終わると、みんなが少しずつ帰り始める。


 こういうとき、わたしはいつも凛花ちゃんたちのグループが集まるのを待つ。たまに誰かがトイレに行きたいと言ったら一緒についていくし、何となくおしゃべりが始まったらそれにつき合う。

 そうしてから、みんなでゆっくり帰宅することになっている。

 でも、今日はそうしない。


 わたしはすぐに凛花ちゃんのところへ向かった。


「今日は用事があって、早く帰らなきゃいけないから。先に行くね」


 嘘じゃないけど、何だか嘘をついているみたいな気がして、どぎまぎしながら何とか話した。計画を立てたとおりに。

 凛花ちゃんも話している他の子も、何も気づかなかったみたい。


「そうなんだ、ばいばい」


 いつもと同じように手を振られて、わたしもさりげない感じで手を振り返す。


「ばいばい」


 ランドセルを背負うと、すぐさま教室を出た。凪ちゃんは、いつも早く帰る。

 階段を下り、廊下を抜けると、下駄箱が見えてくる。五年二組のところで、ちょうど凪ちゃんが靴を()き替えていた。


「凪ちゃん、あの」


 呼びかけて、下駄箱へ降りる。凪ちゃんと向かい合う。


「ブランコ」


 わたしが言ったつもりだったのに、凪ちゃんとぴったり声が重なった。

 それがおかしくて、わたしと凪ちゃんは一緒に笑った。


 四時間目が始まって以来の、凪ちゃんに声をかけようと意気込んでいた緊張がほろりとほどける。


「一緒に帰ろう」


 自然に言葉をかけられた。




 二人で帰りの道を歩きながら、わたしは昨日の出来事を話した。まるでずっと仲良くしている友だちに打ち明けるみたいに。


 凪ちゃんもいろいろ話してくれた。

 生まれも育ちもこの地域で、第七公園のブランコにも小さなころから何度も乗っているとのこと。そして、小学生になってから、ブランコに乗っていて不思議なことが何度かあったそうだ。ゆれているうちに自分じゃなくて周りがゆれるように感じて、別の世界が見えたという。


「わたしと同じ!」


 驚いて、思わず大きな声を出してしまう。

 わたしだけじゃなかった。

 けれど、凪ちゃんの声はとても静かで、眼鏡の奥の目も落ち着いて見える。


「でもね、わたしは怖くて、引き込まれる感じがしても、向こうの世界には一度も行ったことがないのよ。鈴葉ちゃん、勇気あるね」


 わたしは首を横に振った。


「そんなことないよ。びっくりしすぎちゃって、怖いとか変だとかあまり考えられなかったから。だから、そのまますんなり行っちゃったんだと思う」

「そうなんだ」


 凪ちゃんはゆっくりと相槌(あいづち)を打った。



 わたしの長い話を、凪ちゃんは最後までじっと聞いてくれたんだ。

 ゆれて吸い込まれて、ブランコから降りてほっこほっこ弁当を買いに行ったこと。同じ世界のつもりだったけど、おばさんに言われた言葉が引っかかって、帰ったらわたしがすでにいたこと。公園の赤いベンチでお弁当を食べて、またブランコに乗って帰ってきたことなど、詳しく話した。


「向こう側の世界も、ほとんど同じ世界なんだね」

「うん」


 わたしは、凪ちゃんの言葉に大きくうなずく。


「やっぱりパラレルワールドなのかもね」


 凪ちゃんもそう思ったようだ。並行世界のことを同じように本で読んでいたみたい。


「でもね、ほっこほっこ弁当のからあげだけはすごくおいしかったんだよ。凪ちゃんも食べたことある?」

「うん、何回かあるよ。普通のからあげだと思ったけど」

「そうだよね、普通の味だよね。でも、本当においしかったんだよ。もう一度食べてみたいなあ」


 そう口にして、思いついた。


「ねぇ、凪ちゃん。一緒に行かない?」

「えっ」

「もう一度ブランコに乗って、行ってみようと思うの。凪ちゃんも一緒にどう?」


 誘ってみたら、凪ちゃんは笑顔になった。


「二人でなら、行ってみたい」



 わたしたちは、約束をした。


 向こうにいる時間は、どうやらなくなってしまうみたいなんだけど、お腹がいっぱいになった感じが消えても、記憶はなくならないみたいだから。


「おうちに今日のお昼ご飯が用意してあるけど、ほっこほっこ弁当を食べても戻ってしまえばお腹はいっぱいにならないもんね」


 考えた上で、凪ちゃんはそう話してくれた。それで、すんなり今日行くことに決まる。


「それじゃ、学校から帰ったらすぐに第七公園で待ち合わせね」




 そのあと、約束した通り、わたしと凪ちゃんは公園で会った。


「こうやって鈴葉ちゃんと会う機会ができて、よかった」

「え」

「鈴葉ちゃん、図書館で本を借りたりしているよね。見たことあるよ」

「わ、そうなんだ。わたしも凪ちゃん見たことあるよ」

「周りで本読んでいる子って、なかなかいなくて。前から声をかけたかったんだけど、いつも凛花ちゃんたちと一緒だから」


 わたしの心は踊り出す。凪ちゃんもわたしと同じことを考えてくれていたんだ。


「わたしも話しかけたいなと思っていたんだ。よかったよ」

「鈴葉ちゃん、『メェくんと名探偵』シリーズ、読んでいるよね? わたしも図書館で借りてるよ」

「えっ、そうなんだ。わたし、あのシリーズ、好きなんだ」

「わたしも」

 

 凪ちゃんのひと言に、仲間を見つけたことが分かった。

 胸の奥からわくわくする気持ちがあふれてきたよ。




 わたしたちは、二つあるブランコにそれぞれ乗ってみた。


 同時にゆっくり漕ぎ出す。風がすうっと体を通り抜けていく。ブランコがゆれる。二人で息を合わせて、同じように漕ぐ。

 二つのブランコがきぃきぃと音を立て、シンクロするようにゆれる。ゆらゆらと、わたしと凪ちゃんが同じようにゆれる。

 やがて、世界がゆれ始める。


 そのとき、わたしは思った。

 わたしはわたしの世界がこうなっているのをどうしてなのか考えている。もっと世界は別のものでもいいんじゃないかなと思ったりしている。


 もしかしたら、ゆらゆらとゆれて、別の世界を見ることができるのは、そんなわたしのなかの世界がゆらぐような気持ちのせいなのかもしれない。

 凪ちゃんが同じ体験をしていたのも、わたしと同じように世界に疑問を持っているから、なんじゃないかな。


 これから先、凪ちゃんとたくさん話したいことがあるなあと思った。

 きっと仲良くなれそう。 


 世界はゆらゆらとゆらいで、やがて二つになった。

 わたしと凪ちゃんは手をつないで。 


 一緒に、もう一つの世界へ吸い込まれていく。

 二人での冒険が始まる。


 まずは、お弁当屋さんに行こう。

 おいしいからあげを食べながら、いっぱいおしゃべりできるよね。

 

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∀・)読んで「ただの童話作品じゃないな」って純粋に感じました。描かれている不思議な空間というのは童話の世界のうえで感じてくものであってもいいのだけど「仮想現実」というSFスキーにはもうたまらないエッセ…
石江ワールド全開の、余韻の残る素敵なお話でした。 新しい生活、新しい友達、そして新しい世界。 このあとはワクワクの冒険談なのか、もしくは時計ウサギを追ったアリスのように、ちょぴりビターな不思議体験なの…
漠然とした未来と、現在の幼い自分との落差に不安を懐いた小学生の頃。 当時は、その想いを上手く言葉に出来る知識も語彙力もなく、親や友達にぶっきらぼうな態度をとるのも屡々でした。 でも、それは自分だけでは…
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