4.もとの世界で名探偵
ブランコゆれて、わたしもゆれて。
やがて世界がゆれ出した。さっきと同じようにゆらゆらゆれて、世界は二つになって。
わたしは現れた世界へと吸い込まれていく。
はっと気がつくと、前と同じようにブランコに乗っていた。立ち上がって、木陰にあるベンチを見ると、青い色だった。
わたしの記憶は、ちゃんと合っていた。ということは。
もとの世界に帰れたのかも。
ほっとしたところで、気づいた感覚がある。
左手に提げていたエコバッグが軽くなっていた。お弁当箱の包みが入っていない。その分、バッグはぺしゃんこになっている。
空のお弁当箱もお茶のペットボトルも、いくら周りを見渡しても見つからなかった。
もっと探したほうがいいのかな。だけど、一旦家に帰って、本当に別のわたしがいないかどうか早く確かめたくて。
ためらわずに、わたしは家への道を急いでいた。
扉を前にして、深呼吸をする。
もう一人のわたしがいたらどうしよう。
大丈夫、そんなことないはず。自分にそう言い聞かせても、もしもと心配する気持ちが消えない。心がざわざわして落ち着かない。
汗でべたついた鍵を一度握りしめて、鍵穴に差し込む。
手ごたえがあった。
鍵を回して、ドアノブに手をかける。前へ扉が動く。
ゆっくりと開いてみる。
玄関先に、わたしの靴はなかった。
そろりそろりと慎重に部屋に入って、誰もいないことを確かめる。胸のどきどきが収まってきて、やっとひと息ついた。
冷蔵庫から二リットルのペットボトルの麦茶を取り出す。コップにあふれる寸前まで注ぐ。一気に飲み干した。
「よかったあ。ちゃんと帰れたみたい」
ところが、そう言葉にした途端、お腹が鳴った。
思わず胃の辺りに手を当てる。どうしてだか、すごくお腹がぺこぺこになっていた。
何でだろう。
さっきからあげ弁当を食べたばかりじゃない。こんなにすぐ消化するわけがない。まるで、まだお昼ご飯を何も食べていないみたいじゃないの。
もしかすると、パラレルワールドに行くと空腹になるのかな。そんな変な法則でもあるのかしら。
考えながらも、お財布を取り出す。冷蔵庫にはおやつのプリンくらいしかすぐ食べられそうなものはなかったから。余りのお金で何か買えたらいいんだけど。
いくら残っていたかな。
お釣りを数えようとして、「あっ」と声を上げる。
使ったはずの千円札がある。お金が減っていない。お弁当を買う前のお財布になっているみたい。
そんなことってあり?
何があったのか、考え込む。
難問だなあ。でも、本のなかの探偵だったらすぐには諦めないよね。
しばらくして、ひらめいた。
テレビの前にあるデジタルの時計を見る。
やっぱりそうだ。
思っていたよりも時間がたっていなかった。
多分、もう一つの世界に行っていた分の時間が過ぎていない。
わたしは『メェくんと名探偵』の本に出てくるサツキみたいな気分で、そう推理したんだ。
『メェくんと名探偵』は、わたしのお気に入りのシリーズ。
主人公の女の子サツキが日常で起こる謎を、羊のぬいぐるみのメェくんと会話しながら解決していくお話だよ。
お弁当を買いに行って、ブランコに乗って。そこまでは普通に時間が過ぎているけど、向こうに行ってお弁当を買ったことも、食べたことも全部の時間がもとに戻っているんだ。
きっとそれで合っているんじゃないかな。
それなら、もう一度お弁当を買いに行くしかない。
たとえわたしが本物の名探偵だったとしても、お腹がぐうぐう言うのは放っておけなかったからね。
再び、わたしはほっこほっこ弁当に行くことになった。
最初に外出したときと同じく公園に寄る。さっき感じたような違和感は全くない。こっちがやっぱりもとの世界なんだろうなあと思う。
青いベンチを通り、ブランコのある場所を抜けていく。
アゲハチョウが一匹、ひらひらと舞い上がり、木々の向こうへと飛んで行った。
お弁当屋さんに到着した。
「いらっしゃい」
お店のおばさんが声をかけてきた。
さっきからあげ弁当を食べたから、違うのにしてみようかな。
一瞬そう思ったけれど、もう一度同じものを頼んで、味を確かめてみることにする。
おばさんはいつも通りだった。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
わたしも普段と変わらずにお弁当の包みとお釣りを受け取った。
真夏の暑さのなか、家に帰り着く。
お弁当箱を開いて、真っ先にからあげを口に入れる。
「うん、普通だな」
翌日、三時間目のあとの休み時間に、わたしは話してみることにしたんだ。
昨日、第七公園のブランコに乗ってみたこと。そうしたら、いつの間にか世界がゆれて、二つになって、吸い込まれそうになったこと。
そこまで説明して、凛花ちゃんたちの反応をうかがう。
「何それ、変なの。夢の話?」
思っていたような言葉を聞いて、心のなかでこっそりため息をつく。もちろん、そのあとに吸い込まれて別の世界らしいところに行ったなんて、話はしない。
「うん、夢を見たのかもしれない。第七公園のブランコって、普通のブランコだよね。それともこういう夢を見るのって、他の人でもあるのかな、あのブランコでは」
要するに、わたし以外でもあのブランコで何かあったのかどうか、噂を知りたかったんだ。ここで育った人なら、そういう話を知っているかもしれないもんね。
「さあ、ブランコはブランコじゃない? 小さいときは乗ったことあるけど、今更乗ることないし。漕ぎながら夢を見るなんて、鈴葉ちゃん、変わっているね」
「そ、そうだね」
わたしはか細い声でやっと会話をつないだ。それが聞こえたか聞こえていないかに構わず、凛花ちゃんたちは話す。
「それよりさ、昨日のテレビ見た?」
あっという間に話題が変わる。期待はしてなかったけど、わたしの昨日の体験はさらりと流されてしまった。
誰か一人でも「不思議な話だね」とか何か言い出さないかなと思ったけど、そういうこともなく。
まあ、こんなもんだな。
ちょっとだけ気持ちが下がりつつも、それはそれで受け止めよう。
そう思ったとき、後ろの方から誰かの視線を感じた。
振り返ると、凪ちゃんと目が合った。
読んでいた本を閉じて、驚いた表情をしている。何か言いたそうにこちらを見つめている。
わたしの胸がどきりと鳴った。
凪ちゃん、何か知っているの?
思わず、そちらへ体を傾けたそのとき、チャイムが鳴ってしまった。休み時間の終了だ。
結局、わたしは凪ちゃんに話しかけられなかった。でも、もうこのままにはしておけない。凪ちゃんは、絶対に何か知っているに違いない。
四時間目の算数の授業がさっぱり頭に入らなかった。けれど、今のわたしにはそのあとの帰りの会が終わるまでに計画しておくことがあった。