第95話 着替えたくても……
「はい。エリス。ここが今日の部屋」
「ふむ。流石は安宿……小さいわね」
「相変わらず文句しか言わないなぁ……」
「カイル? 何か言った?」
「いや。何も……」
部屋の扉の鍵を開けると、カイル姿のエリスが扉を打ち開き、少しキョロキョロとして部屋を物色すると、真っ先にベットへと飛び込んで横になってしまう。
エリス姿のカイルは大きな旅の荷物を背負って部屋へと入室。側から見れば、カイルが少女であるエリスに荷物を持たせ、旅先の宿では自分が真っ先に寛ぎ出す最低男の構図が完成してしまっている。
ただこれは、いつも通りの2人であって、互いに気にしてはいなかった。
あれから2人は森を抜け出して近くの街まできていた。
気を取り直したカイルは森の中で真っ先に相棒であるラテ丸を探した。
そこでは……
『ラテ丸? 無事だったみたいだね』
『——ブル?!』
『あっはは……この姿だと僕だって分からないよね。ラテ丸。僕だよ。今はエリスの姿になっちゃってるけどね』
『ブルルッ……』
馬車は壊れてしまったものの、近くの物陰に姿を隠していたラテ丸を発見した。一見では目立った外傷は見当たらず、いつも見る相馬の姿にホッと胸を撫で下ろすカイルだった。
しかし……今の彼はエリスの身体と入れ替わってしまっている。
ラテ丸はエリスの姿と、その背後に居た目つきの悪いカイルの姿を交互に見比べ、しばらくして状況を理解したのか、エリス姿となってしまったカイルの元へと近づいて顔を擦り付けた。姿は違えど動物の勘がカイルの存在に気づいたようだ。これは長い付き合いである相棒だからこそ通じ合ってるのかもしれない。
『——ッチ! その馬、私の言う事は一向に聞こうとしないのに……生意気ね』
『僕たちは小さい頃からの付き合いだからね。この姿になっても僕だって気づいてもらえてうれしいよ』
『癪に障る。でも、どうしてやりようもないから非常にもどかしいわ』
『まぁまぁ、そう言わずに……優しく接してあげればラテ丸だって分かってくれるって』
『別に興味ないわ。早いところ、ソイツを従わせて。あれからどれだけ時間が経ったのか分からない。それでも勇者がまだ近くにいる可能性だってある。早急に離れるわよ』
『う、うん……分かったよ』
だが、今はこの場から離れるのが先決だ。勇者との邂逅からどれだけ時間が経ったのかは分からない。だが、まだ近くにいる可能性だってあるのだ。
問答無用で殺されてしまった相手だ。今は会わないに越したことはないだろう。
しかし、荷馬車は壊されてしまっている。ここは荷物を厳選した上でラテ丸に乗って移動するしかない。
ただ、その前に……
『時にカイル。その服……』
『……ん?』
『着替えたらどうなの? 腹に穴を開けたままにするつもり? 私の身体を使ってるんだから、体裁の欠けた格好をさらさないでくれるかしら? 常日頃から留意してなさい』
『えっとぉ~……それはぁ〜……』
今のカイルはエリスの姿だ。そして服装はシンプルなワンピースだったが、腹部は勇者の剣によって貫かれ見事な穴が空いてしまっていた。血糊もベットリと付着している。
当然、エリスは着替えることを推奨した。
荷馬車は真っ二つに破壊されてしまっていたが、中には無事な荷物もあるはず、そこにはきっとエリスの着替えだって……
しかし……
『ナニ? なにか文句でもあるの?』
『いや!? そうじゃなくて……』
『じゃあ、何が不満なの?』
『不満というか……僕って今エリスの姿なわけでしょう? 姿がどうあれ、中身が僕で……そのぉ〜……女の子の身体で着替えるのはダメでしょう?』
身体がすげ変わってしまっているのなら、精神が男であるカイルが勝手に服を脱いで着替えると言うのは問題がある。当然、手は身体に触れてしまうし、見てしまうかもしれない。
そこが、カイルが逡巡する理由である。
『はぁ〜〜人間ってつくづくくだらない。私が許可するから、とっとと着替えなさい』
『いや?! でもぉ……』
『でも何? 私の身体で欲情でもしようっての? お下劣なことね?』
『いやいや!? ち、違うから!! え、エリスをそうな目で見ないって!?』
『ふぅ〜〜ん?』
『〜〜ッ』
結局……着替えはエリスに手伝ってもらったカイルだった。
「はぁ……この私に、身支度を手伝わせるだなんて……いいご身分ですこと。本当、屈辱だったわ」
「ご、ごめんよぉ……これも、エリスを思ってなんだもん」
「ま、その心に免じてあげるわよ。次はないから」
「うぅ……善処しますぅ……」
2人、ラテ丸に跨り、右葉曲折を経て近くの街までやってきた。そして宿に転がり込んだのが今し方。
大きな荷物を床に置くカイルをベットの上に寝転がるエリスが思い出したかのように苦言を呈し、カイルはションボリと謝罪を口に旅荷物を床に置いた。
これも全てはエリスのためを思ってのことだ。
しかし、理由の大半は彼の羞恥心が最もな要因なのは……カイル、エリス、共に分かりきったことであった。