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第88話 刺さる断罪

 それは背後で鳴った喝采だった。カイルは拍手に気を引かれ思わず背後を確認していた。


 すると……


 そこに居たのは、まさかの人物だったのだ。



「ありえない。まさか魔王が人間を庇うなんて……」



 驚きを口にしたカムイ。魔族の敵であるはずの勇者が、2人の織りなす庇い合いに激動したかのように拍手をしていたのだ。彼の表情には微笑みが浮かび、声には歓喜が滲んでいた。



「魔族が人間を庇い。人間が魔族を庇った。ありえないことだ。不変の敵であるはずの種族が互いを庇護し合い支え合っているんだ! アッハッハ——素晴らしいじゃないか! 私は感動したよ!!」



 彼は興奮し奇声が闇夜の暗闇に響く。



「カイル君——君がエアリエルを変えたのかな?」

「え? 僕はそんなつもりは……」



 カムイはカイルの目の前までくると喝采の音を奏でていた手を差し出す。カイルは恐る恐るとその手を借りて地面に着いた尻を持ち上げる。



「謙遜することはない。私は今——奇跡を目撃した。君が起こしたね」



 カムイは心の底から、エリスとカイルの2人が繰り広げた喜劇に賛美を送った。

 何百年にも渡って繰り広げる魔族と人間の紛争。双方は牽制しあい決して交わることがない間柄であるのは、この世の真理とまでなりつつある昨今。だが、目の前で傷ついた魔王を人間が庇い。ましてや魔王はその人間の愚かな行動を叱責した。これは互いに互いのことを尊重し思いやりを向けていなければ、この光景は実現しなかっただろう。

 カムイが大袈裟に反応するほど……2人の関係は珍妙で奇跡に近いことなのかもしれない。





 しかし……



「だから私は……」

「……え?」



 奇跡的な関係を築こうとも、所詮は大海の一滴の雫。カイルの起こした奇跡とは雫が精々バケツ一杯の水に変わっただけ……それでは海流の流れを変えることはできない。できるはずがないのだ。

 

 だから……


 大波に押しつぶされる結果を生むんだ。





 ——グサッッッ!!





「……な、なんで?」

「大丈夫。不安に思うことはない。君の罪はこの私が許そう。神は広い御心をお持ちである。安心するといい」



 カイルは疑問だった。


 勇者の口にした今の言葉も、何を示したいのかサッパリだったが……カイルの意識が最も割かれる要因となったのは、歓声をあげていたはずの彼が手にしたあるモノだった。

 それは、肉を切り裂き鮮血を溢れさせた。カイルの身体には同時に衝撃が走る。

 熱を帯び身体の力が一気に抜け、手は温かな液体で濡れていた。この巻き起こった全ての衝撃がカイルの頭に疑問を植え付けた。

 ただ……カイルの思考は疑問の解消に貢献するでもなく、ただ白く失せれていくだけだ。

 瞼と身体が重くて億劫になり、全てを払拭するかのようにカイルの意識は現実から離れていく。



 何もわからないまま視界は暗闇に飲まれて消えた。



「あぁ……神よ。また1つ、尊き魂があなた様のもとへと参りました。どうか寛大なお心で彼の魂に安らぎを与えてください」



 カムイは手を引いた。手にした鋼の長物がグチャっと音を鳴らして持ち上がり、先ほどまで疑問を抱えていた意識の塊は地面へと倒れ込んだ。

 その塊の意識はもうそこにはない。きっと、カムイの口にした神の元へと魂となって向かったのだろう。



「勇者。アナタは一体……何をしてるの?」



 この時——疑問を抱えていたのは、なにも塊だけにあらず……まだ息のあったエリスの思考も目の前で起こった惨状を飲み込めていない。

 気づけば口からは勇者を問いただす恨言を溢していた。

 地面に倒れた塊は、奇しくもエリスの身体へとのしかかった。エリスは塊と勇者とを交互に見開いた眼で凝視している。



「何を? ふん……単なる断罪だよ。穢れた魂を救うための」

「意味が……分からないわ」

「魔王であるあなたが理解する必要はないさ。私はただ……自身の使命を全うするだけだ」

「頭が……おかしいんじゃないの?」

「何もおかしなことはない。私は至って正気だとも」



 カムイは、ヤレヤレといったように首を横に降るとため息を1つ吐く。


 彼は、エリスの発言の全てを受け止めてはいない。










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