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第82話 旅立ち

 時が流れた。


 本日、カインが故郷を旅立つ日が訪れる。

 


「カイルちゃん! ハンカチは持った?」

「ハンカチ? たぶん……」

「お弁当は忘れてない? ナイフとフォークは!?」

「だ、大丈夫かな?」



 旅支度を整えたカイルは、御者台に乗る。

 『さて旅立つぞ!』としたその瞬間——母であるカミーユが馬車に待ったをかけた。旅支度のおさらいを始めた。

 小さな身体でピョンピョン飛び跳ねて、御者台という高い位置にいるカイルに自分という存在を主張している。

 カイルは斜め上を行く確認事項に思うことがあっても素直にその言葉に耳を傾けた。

 彼はお人好しだ。母の言の葉を無碍にはできない。


 さて……この状態でカイルは一体いつ旅立てるのだろうか?


 その時はまだ訪れない。



「コラ。母さん」

「——ッ!? 父さん!?」



 かれこれ数時間にわたって立ち往生のカイルだったが……そんな時に現れたのは父であるルイルであった。

 カミーユは突然の叱責にビクッと反応して恐る恐る背後にいたルイルの顔を見て声を跳ねさせた。


 

「カイルはピクニックに行くんじゃないんだぞ? その辺で勘弁してあげなさい」

「だって〜だって〜父さん! カイルちゃんが心配だから!」

「そうやってカイルを少しでも長く留まらせようとするのはやめなさい」

「ぶぅ〜〜!」

「頬を膨らませる君は可愛いけど……こればかりはな。そろそろカイルを行かせてやりなさい」

「わ、分かったわよ……グスン……」



 慌てたかと思えば怒って見せて、そしてショボンとしたかと思えば鼻を啜って目元に涙を溜める。喜怒哀楽が激しく移りゆくカミーユをルイルは優しく抱擁するとカイルへと向き直る。



「カイル。母さんを許してやってくれ。ただ、寂しがってるだけなんだ」

「うん。分かってるよ父さん」



 そんな父は優しく微笑む。

 カイルは父の言いたいことはよくわかる。カミーユは母として旅立つ子を心配してるのだと。

 ここ最近、旅立ちの日が近づくにつれて母との距離が近く感じる。離れようとしない母を見てしまっていたカイルだ。言われずともそんなことは分かっていた。



「昔の母さんは凄く男まさりで冷たい人だったんだけどな〜お前を産んでからはすっかりと甘えんぼうさんだ」

「ちょちょちょッと! 父さん!! なんてこと言ってるの?!」


「あっはっは〜〜想像つかないや」


「カイルちゃんも! どういうこと! それ!?」



 この時の父の発言は、カイルには冗談にしか聞こえていない。カミーユは父と息子に挟まれて軽口を叩く2人にアタフタしている。

 

 だが……


 荷台に乗る少女そして父であるルイルは冗談なんかじゃないことは分かっている。



「カイル。父さんと母さんはいつでもお前の帰りを待っているからな」

「うん。分かってる。ありがとう父さん」

「あぁ……行ってこい息子よ」



 父ルイルの挨拶はとても簡素だった。あまり長く語ればカイルが旅立ち辛くなることが分かってるからこその言葉選びだ。伝えたい要件だけを簡潔に伝えた。


 そして……



「うわぁ〜〜カイルちゃん! しゅぐがえってぎてね〜〜!!」

「う、うん……分かったよ母さん。また帰ってくるよ」



 母カミーユは大泣きしてカイルに飛びついた。膝にしがみつく抵抗を見せた。


 やがて……父ルイルが首根っこを掴みカミーユを引き剥がすと……カイルの馬車はゆっくりと動きを始めた。


 その時——



「エリスさん息子を頼むよ」

「はい。お父様」



 歩いて並走したルイルは荷台のエリスに一言声をかける。


 それと……



「エリスさん。カイルちゃんをお願いね!」

「……ッ。はい、お母様——彼は私が守ります。安心してください」

「うん。信じてるから」



 カミーユも同じセリフをエリスへと聞かせた。この時のエリスの身体は一瞬ピクッと反応していた。ルイルとセリフはほとんど同じでも、言葉に掛かる重みが違うからだ。

 エリスの返す言葉に、一瞬真剣な表情を見せたカミーユ。その表情は先ほどの泣き虫だった彼女とは思えなかった。

 エリスは、そんな彼女に真摯に答えた。果たして、その言葉は嘘か真か——それを知るのは本人だけなのだろうか?


 そして……


 馬車の速度は次第に加速し、カミーユとルイルの2人を突き放した。

 馬車の姿が見えなくなるまで手を振る両親。カイルは一瞬背後を振り返って大きく2、3度手を振った。


 こうして……カイルの馬車は故郷を後にしたのだった。








「エリスって、いつの間に母さんと仲良くなったの?」

「はあ? ワタシが仲良くしてる様に見えたの?」

「うん。なんとなく……」

「適当言わないでちょうだい」

「適当じゃないよ。あの満月の晩かな〜〜あの日以降からやけに距離が近かった気がして」

「はん! どうせ警戒でもされてただけよ」

「また。そうやって人を悪いように言う。エリスの悪いところだよ」

「ワタシは魔族よ。アナタ含めて人間は全部敵なの。知ったようにワタシを人間の指標で測らないでくれる? 虫唾が走るのよ。そういうの……」

「ふふふ……そうかい。ごめんよ。エリス」

「なんで笑ってるの? 気持ち悪い」

「なんでだろう? 僕にも分からないや」

「……ッチ!」



 森の中を走る馬車。荷台からカイルの隣へと座り直したエリスとの2人の楽しげな会話が飛び交う。

 故郷での休暇を終えた2人は、再び旅商人としての日々へと戻って行くのだった。









 しかし……









 その数日後——











 エリスとカイル——2人が()()()()()ことになるとは……



 この時の2人は考えてもいなかったらことだろう。





 ……to be continued——





——— 第3章 帰郷 僕が旅商人をする理由 以上終幕———





 


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