第7話 この子は僕の“◯◯”です!?
「——ッあ!? 待てって…………クソ、もう見えない。あッ——と、君たち? 大丈夫かい?」
そこへ、守衛だという男が駆け寄ってくると、覚束無い足取りであろう酔っ払いがまさかの逃げ足を披露する姿に思わず舌を打った。だが……彼は、そんな酔っ払いを追うことを諦めて、道の真ん中に佇んだままだった少女とカイルに心配の念を向けた。
「……あ……はい、大丈夫です。危うく殴られそうになったけど、僕と彼ら(酔っ払い連中)は無事です!」
「そうかい、それは何より…………ん? 彼ら??」
カイルは状況整理に努め、一拍置いた後に自身の無事を伝える。これを聞いた衛兵の男は安堵して見せる。が……酔っ払いのことも心配無用と口にするカイルの発言に無理解的反応を伺わせていた。
しかし……その事に追求する間もなく……
「あれ?! 確か……君は商人の?」
「——ッ!? 僕の事知ってるんですか?」
男はカイルに気づいてこれを口にする。酔っ払いについてはカイルに意識が言っているせいか男の世界からはすっかり忘れ去られてしまったようである。
「えっとぉ……覚えてないかい?」
「あの〜……ごめんなさい。まったく……」
「まぁ、気にしてなければ仕方ないか。昨日、君がこの街の門を通った時、通行チェックをしてたのが僕なんだ」
「え!? そうだったんですか?」
「うん。君は閉門ギリギリに飛び込んできたもんだからよく覚えている。それに、荷馬車には空の木箱ばかり積んでたものだから、結構印象的だったんだよ」
「ははは……そう、ですか……」
正直、カイルは彼 (守衛)のことを全くと言っていい程に覚えてない。説明を聞かされて『確かにそうだったような?』と——すごく朧げで、思わず男に対して愛想笑いでこの事をごまかした。
だが、その時——
「あれ? その子は——」
「——ッ!?」
次に守衛の男はカイルの隣に居た魔族の少女に意識を向けた。少女の頭にはシーツが巻かれていることで魔族である証明と言っていい角は隠れている。よって、少女の正体について男には気づかれていないようだった。
ただ、このことで……
「え〜とぉ〜」
カイルは衛兵からの質問に対し、どう説明していいのか分からない状況に自ずと言葉を出し倦ねた。この時、カイルはゆっくり、恐る恐ると少女の顔色を確認するため、ギッギッギッ——と、錆びついたブリキ人形のように首を回す。すると……背後にいた少女は、怪訝そうに目を細めたまま冷たくカイルを見つめ返すだけだった。
思わず「なんか言えよ!!」と言いたい衝動に駆られたが——彼女の魔族を知っているカイルにとって、その言葉を発するのは自殺行為だ。ここは、思いだけに留めた。そして気を切り替え衛兵に発するべき言葉の捜索にカイルは全神経を研ぎ澄ませる。
だが……そこで出たカイルの答えは……
「この子は……僕の“カノジョ”です!!」
とんでもない言い訳を打ち噛ましてしまった。
これには当然——
(…………あれ? 僕は一体何を言ってるんだろう??)
全神経を注いだ筈のアンサーに一瞬にして疑問に思った。僅か、言葉を発して1、2秒の世界の話である。つまりコレは、ほぼ反射的に出た言葉だったという訳だ。
「ふ〜ん……カノジョさん……可愛らしい子だね。でも、僕の記憶では昨日馬車には乗ってなかったと思うけど……ん?! この街の子……でもなさそうだけど……」
「——ッ!?」
だがここで守衛の口にした言葉でカイルは驚愕を禁じ得なかった。咄嗟に出た言い訳だったが……あくまでこれで騙すとして——昨日、街の門を潜った段階では彼女の姿はなかった。それは、自身(お人よし)の所為で空箱と化した商品入れボックスの一つに、魔族娘を隠していたからだったのだが……まぁ、そもそも『連れて来るなや!』って話である。
因みに商人は門を通る段階で、積荷のチェックがあるのだが、カイルにはこの街を拠点にして近くの村に日帰りで通っていた態があった。そこから通行履歴と相まることで空の木箱の山を見た衛兵からは大したチェックは受けずに済む。更に木箱を山積みかつ無造作に、そして互い違いに重ねて一番下の木箱にカノジョを隠す事で難を逃れた。閉門ギリギリで帰路を急ぎたかった衛兵にとっては木箱をひっくり返すことは、よほど億劫だったことだろう。案の定——衛兵は表面しか見ずにカイルは通行を許されていた。これには、この街の治安が気になるところではあるが、カイルは無事に門を通過できたことに酷く安堵したと言う。
だが……
カイルの言い訳は、まさに通行のチェックを担当していた衛兵にとっては気になる記憶の乖離に発展してしまった。
これには……
「えっと〜……それは……」
当然カイルに動揺が走る。ここで彼女の正体がバレてしまえば、カイル自身も処罰されてしまうかもしれない。これはカイルが『言い訳』を口にしてしまった時点で発生してしまった可能性だが……しかし……
そもそも、ナゼ——こんなことに……?
カイルはただ、だまって魔族とは会った事実を忘れて日常に戻っていれば、こんなことにはならなかったはずだが……
本当に彼は奇妙な状況を作り出す奇才なのだろう——決して本人はそんなこと(トチ狂ったお人よし)を望んだ訳では無いのだが……
「……? どうしたんだい君——? まさか……何かを隠して……?」
だが……ここで……
カイルが回答に尻込みしていると、その動揺を機敏に汲み取った守衛の表情に皺がよる。明らかな怪訝を顔に貼り付けてみせた。
これはカイルにとっては不味い状況である。
(どうしよう——なんて言えばいいんだ?! 全く、思いつかない!!)
これにカイルはいち早く答えを返さなくてはいけないのだが……頭の中は混乱を極め——まッッッッったくと言っていいほど、良い案など思いつかない。
このままでは『時間経過』と『不信感』は比例して増す一方である。
ただ……この混乱を極めた状況下の中で、突如——
ガバッ——っと……
カイルの片腕に衝撃が加わった。