第77話 無情の少女が放つ青花弁を舞あげた不可視の斬撃
大岩の上に立つ冷たい表情のカミーユ……彼女は痛みに苦しむエリスを無情に見つめた。そんな彼女の手には剣が握られていた。
大岩の上に立つネグリジェ姿の少女——月光に照らされた彼女は、ここ数日のうちに見せてた剽軽な笑顔を捨て去り、無表情で能面。
彼女の手には、先程まで地面に埋もれたはずの両手剣がにぎれられている。その切先は中腹の部分で折れてしまっていたが……それでも少女の身長ほどはある大きな剣だ。
しかし、それを片手で軽々と構えているカミーユはただの村娘ではなく、まるで別人と見紛うオーラと佇まいでエリスを見下していた。
「アナタ、何者? ただの村娘ではないわね」
エリスは問う。
彼女は左手を切り落とされた重傷。だが悠長ながらも質問をしたのは、少女が異質を極めていたからだ。
「うん? 前に教えただろう? カイルちゃんの母親で、カミーユと自己紹介もしただろ? これ以上の回答が必要か?」
「……はあ? 馬鹿にしてるの?」
「ふむ。付け加えるなら、俺はこの剣の持ち主ってところだ」
今のカミーユは口調すらも変わってしまった。ネグリジェを纏った小さな少女だが、男勝りのセリフと無骨な折れた剣が異質に拍車をかけた。
「つまり、今のアナタが墓に眠る亡霊ってこと」
「あぁ。そう捉えてもらっても構わない」
「いつからワタシの正体に気づいていた?」
「カイルちゃんが返ってきた日だ。背後に立たれた瞬間、一発で気づいた。一瞬のこちらを探るような視線と気配。あれは、戦場で浴びたモノと同じだった。まさか……カイルちゃんが『嫁』だと言って連れてきたのが魔族だとはな。はぁぁ、本当に驚かされたよ」
ただ、この奇怪な状況でもわかることが1つある。
エリスを騙し、隙を狙って左手を切り落とし、歴戦の猛者を彷彿とさせるオーラを放つ。
目の前のカミーユが只者ではないということを……
エリスは両腕に魔力を纏った。風の魔力で形成される緑色の魔手である。
「ほう。魔力を固めて纏うか。人間には真似できない芸当だな。もう隠す気はないということか? それに腕の傷も魔力の圧迫で止血しているようだな」
これをカミーユは冷静に観察、分析した。
この腕に魔力を纏う『風々爪牙』はエリスの臨戦態勢の状態だ。これはカミーユも分かっているだろうが、彼女は慌てる素振り1つせず、どこまでも静かに見つめているだけだ。
「——ッ!!」
だが、ここで痺れを切らしたのはエリスの方だった。高速で駆け出し、大岩の上のカミーユに狙いを定める。
その時——
「——ッ!?」
真っ直ぐ大岩を目指すのではなく、突然何かに気づいたようにジグザグに回避行動を繰り返しながら近づいて行く。
すると……回避と同時、何もない空間で、ヒュンッ——と音がなると青い花弁が舞ったのだ。その地点に何か衝撃が加わったかのような光景。実際、花弁が飛んだ地面には大きな斬り込みがある。地面をえぐっていたのだ。
もし、エリスが横に飛んでいなかったら? この溝が刻まれたのはエリスの身体だったかもしれない。
この間、カミーユは微動だにしてなかった。瞬き1つせず、大岩の上で向かってくるエリスを見つめるばかりだ。
しかし、地面をえぐったのは彼女の攻撃であるはず。この時、唯一分かることといえば、そのことだけだった。
そして……
エリスは跳躍、大岩上空へと飛んだ。
この間、風の魔力を操り不規則的に飛んでいる。この時の彼女は木の葉が風で飛ぶような挙動に酷似していた。
これは不可視の『何か』を避けているのだろう。側からでは、何があるのかは分からない。だがエリスはその『何か』を感じていた。実際、彼女の耳はヒュンッ——という風の口笛を拾っている。高速でスレスレを通り過ぎた『何か』がそこにあったのだ。
——ドォオオン!!!!
やがて、大岩に到達したエリスは己の腕をカミーユに振りかざした。そのまま大岩をスライスし、花弁と土煙が広場に飛んだ。
(手ごたえがない……)
エリスの表情は優れない。彼女が斬ったのは大岩だった。肉を絶った感覚は腕を伝わった気配はない。
舞った土煙はエリスの視界を奪う。
カミーユの姿は見当たらない。