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第76話 剣の墓石 突然現れるネグリジェの少女

「ねぇ? ここで何してるの?」



「——ッ!?」



 突然、エリスは背後から声をかけられる。これはあまりにも唐突な出来事だ。

 森の中は微かな風切り音しか聞こえなかった。そこに現れた()()()

 魔族の中でも特に力を所持するエリスだが……声を聞くまで、その人物の存在に気づけなかった。

 大岩の前の地面に刺さった一本の剣。鍔がまるで十字架のようにも見えるそれは、さながら大岩と交えた墓標のようにも見える。

 エリスは、ど田舎の森の中にある大きな凶器に、目を奪われてしまっていたのだろうか?



「エリスちゃん?」


「……お、お母様?」



 剣に固定されていた視線を瞬時に外す。

 声の出所へと振り向くと……そこには怪訝な表情でエリスを伺うカミーユの姿があった。

 


「こんな夜更けに森の中に入ったら危ないわ」


「えぇ……ごめんなさい」


「謝らなくていいわよ。一体どうしたの?」


「今日は満月だと思いまして……風に当たりに」


「風に?」


「はい。満足が綺麗な静かな夜に1人で風を浴びるのが、私好きなんです」



 一瞬動揺の走ったエリスだが、瞬時に平静を取り繕うとカミーユと話す。



「へぇ〜そうなの? エリスちゃんはロマンチストなのね」


「ろまんちすと?」


「私、邪魔しちゃったかしら?」


「いえ……そんなことは……」



 突然の出現者カミーユをエリスは観察する。女の子らしいネグリジェに無骨革のコートを肩にかけている。あのコートは父ルイルのモノだろうか?

 そんな彼女は夜風は冷たく、心なしか寒さで身体が震えているようだ。

 か弱い女の子……エリスの背後を取った彼女は、いつも通りのカミーユ(彼女)だ。



「時にお母様? 1つお聞きしても?」


「……ん? 何かしら?」


「あれは、何ですか?」



 そして、エリスは動揺を隠すためなのか、ふと話題を振った。

 この動揺は突然現れたカミーユに対してなのか、彼女が呟いたロマンチスト(呪文)に対してなのか? 不明瞭な点はあるが、珍しく気が動転しているエリス(自分)を隠すための処世術を発揮する。


 ちょうど彼女は、1つその話題を手に入れたところだった



「あれ?」


「えぇ、あの岩の前に突き立っている剣は……?」


「ああ、あの剣のこと!」



 大岩の前、地面に突き刺さる剣——刃は地面に突き刺さって全貌は拝めないが、おそらく両手剣。それも、相当な大きさのある大剣だ。



「あの剣はね。とある冒険者が帯刀してたものよ」


「冒険者の?」


「えぇ。鍔が十字架みたいでしょう? あれはその通りでお墓なの——この村に行き着いて、その彼女はもう居ない……」


「…………」



 カミーユは小さく語り出した。ゆっくりと歩みだす彼女は、エリスの横を通りすぎ広場中央の剣《墓石》に近づいて行く。



「もしかして……辛いことを思い出させてしまいましたか?」


「うんん。私にとって()()のことは辛い記憶ではないから。気にしないで……」



 そして、剣の前までたどり着いたカミーユは、剣の鍔にあしらわれた青い石を静かに見つめる。

 剣にまつわる物語を聞いてしまった手前、仕方なく彼女の背中を追ったエリスだったが……カミーユの背後一歩手前で立ち止まると憂う彼女をただ見守る。

 この時のエリスは、『カミーユ』にも『剣』にも、それにまつわる『物語』にも、まったく興味はなかったが、それでも付き合ってあげるまでの情はあった。彼女の目的、満月の月夜に風を浴びる——これは達成しているからである。この点、彼女は満足していた。


 すると……


 剣を眺めていたカミーユに動きがあった。

 ゆっくりと手を伸ばし剣に触れた。まるで小動物を愛でるかの挙動で撫で始めるのだった。

 『辛い記憶はない』とのことだが、カミーユと剣の持ち主との関係とは一体? だが、別にエリスはこれを追求はしない。結局、剣にどのような物語があろうとも、それは等しく『どうでもいい』話であるからで、ただゆっくりと背後で見守るだけだ。


 そこで……


 ふと——カミーユの手が柄にかかる。



 次の瞬間——



 風が吹いた。


 

 一瞬の強風だ。何かが高速で駆け抜けたかのような。



 そんな風……



 広場に広がる青い花の花弁を巻き上げ、月光のスポットライトに花吹雪が舞う。舞台演出のような光景が完成する。



 その時——





 ——ボトッ!





 草の上に重量感のあるモノが落ちたような……そんな音がした。






「——ッグゥ!?」


「ふ〜〜ん? この距離でよく避けたね」



 


 エリスにピリッとした警鐘が走る。その瞬間、彼女は足に力をこめ、全力で背後に飛んで逃げ出した。

 その彼女は、左腕を押さえ、視線は鋭く元凶を睨みつけている。


 だが……


 今のエリスは右手を左腕に添えているが……その先が()()()()()()()()()






「——カミーユ……アンタはッ!?」


「奪えたのは左手だけ……はぁぁ、()の腕はすっかり鈍ってしまったってことか……」






 大地に鮮血が飛び、青い花を生々しく染めてしまった。その中心に落下したのは少女の手だった。


 切り落とされたエリスの左手……






「魔族——貴様の目的は何だ? 話してもらおうか? 貴様の鮮血が()の剣の錆になる前に——」


「……ッチ!」




 

 大岩の上に立つ冷たい表情のカミーユ……彼女は痛みに苦しむエリスを無情にも見下ろしている。そんな彼女の手には剣が握られていた。


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