第73話 カイルバザー
カイルの故郷は、「ド」がつくほどの田舎である。住んでる人は数えるほどしかおらず……その数は100にも満たない。
だが……
「では、これより“カイルバザー”を開きたいと思います!」
「「「「——わぁ〜〜あ!!!!」」」」
村の中央にある井戸がある広場……いつもは水を汲みにくる住人しか訪れないはずの閑散とした場所なのだが、今日に限っては日常ではありえないほどの盛り上がりを見せていた。
井戸の前にカイルの御者馬車が止まり、商品を一杯に広げてある。それを、村中から集まった住人が取り囲み、バザーの開始を今か今かと待ち望むのだ。
この場にはほぼ村人の全てが集まっているのではないか? と、思えるほどの賑わいを見せ、カイルのバザーの開会の宣言と共に歓声が上がったのだ。
「カイルや? この品はいくらなんだ?」
「えっと、それは銅貨5枚です」
「ほお?! 買った!」
「まいどあり〜」
「カイルちゃん? お塩はあるかしら?」
「はい。そこに……袋1つで銀貨1枚です」
「え? 安すぎやしないかい?」
「身内価格ですよ。気にしないで」
「身内価格って……あんた、こんな小さな村だと、ほとんど顔馴染みで家族みたいなモノじゃないの?」
「「「カイルお兄ちゃん! お菓子ないのぉお!!」」」
「あるよ〜〜みんなに菓子を一個プレゼントだ。好きなのを持っていっていいよ」
「「「わぁ〜〜い! カイルお兄ちゃん! ありがとう〜〜!!」」」
カイルは村人に商品を売っていく。しかし、その商品の値段は定価にも満たないお値打ち価格——ほとんどが気持ちばかりの料金しかもらわず大盤振る舞いで商品を捌いていく。しまいには、村の子供達にはお菓子までばら撒いて……カイルはこの日に限って商売をする気なかったようだ。
「それで……あなたがカイルちゃんのお嫁さんかい?」
「あらまぁ〜〜別嬪さんだこと。こんないい子捕まえるなんてカイルはやるね〜〜」
「凄く若いけど……いくつなんだい??」
バザーの間、エリスは村のおばさま方に捕まって、なり染めを聞かれていた。
「周囲から幼く見られますが、これでも16です(嘘)。カイルは私が重度の怪我を負った時に貴重な薬を惜しげもなく使ってくれて。命の恩人なんです」
「「「ほえ〜〜」」」
「きっかけは怪我の治療ですが、そこから一緒に旅をするようになって、気づいたらカイルの方から『僕の彼女なんだ』って言ってくれるようになって……自然と今の関係になった感じですね」
「「「何それ!? 羨ましいわぁ〜〜」」」
こちらはこちらで、甘酸っぱい若人の恋愛事情に感化され、頬を赤く染める者で溢れて盛り上がっていた。
「「「カイルちゃんが、そんな大胆な男の子だったなんて?! やるわね〜〜!」」」
(——ッ!? なんだ? 変な視線が……)
カイルはバザーに集中していたが、遠くから注がれるマダムの熱視線に思わず身震いした。
(エリス……一体、何を喋っているんだ?!)
カイル自身は何故そんな支線を受けているのかは、わからずじまいである。
そして……
「カイルちゃん! お疲れ様!!」
「……ッん? 母さん!」
バザーのために用意した商品をあらかた売り終えたタイミングで、母カミーユがやってきた。
彼女の手には、バスケットカゴが握られている。
「時間も忘れてお仕事だなんて、ダメじゃない! はい、お弁当!」
「——あ? あぁ……もうそんな時間か?」
あまりにもバザーが盛況なものだからか……時刻はお昼を回ってしまっていた。時間を忘れ、なかなか帰ってこないカイルを心配してカミーユはお弁当をカイルに届けに来たのだ。
「もう、カイルちゃん! お仕事に集中するのはとっても偉いことだけど、生活を蔑ろにしちゃいけないぞ! お母さん、心配になっちゃうでしょう!」
「ごめんよ。母さん」
「……うん! わかればよろしい! じゃあ、お弁当にしましょう!」
「ありがとう母さん。今、片付けてくるから待ってて」
カイルはそう言って馬車の方へと駆けていった。
「エリスちゃん。どうしてカイルがこんなことしてるか分かる?」
「……ッ? えっとぉ……」
この時、カミーユの視線はカイルを追ってはいたものの、近づいて来ていたエリスに対して喋りかけた。完全に背後から近づいていたにも関わらず、気付いて反応をされたエリスの表情には若干の驚きが見える。
「よくわからない——って感じでしょう? こんな商売にならないことを旅商人がしてるのが」
「正直に言ってしまうと……そう、ですね」
「そうでしょう? でもね。これがあの子の夢なのよ」
「夢……ですか?」
「そう……」
ちょうど、すぐ横までエリスが近づいてくると、カミーユは会話を続けた。エリスは仕方なくこれを拝聴する。
「この村を見てもらえば分かると思うけど『ド』がつくほどの田舎でね。まったくと言っていいほど外との交流がないの。ひと月に行商がくるか〜こないか〜……。本当そんな感じよ。こんな辺境に来たって商売なんてならないんでしょう。当然の理由よね」
首をふり、時にはため息をついてカミーユは語る。その語りは客観的で、どこか他人事のようである。
「村では前から外との交流が少ないことが問題になっていてね。そんな時よ。カイルが旅商人になるって言い出したのは……」