第65話 旅商人としての日常
「あの、商人さん? これはいくらですか?」
「えっと、銅貨3枚です」
「え?! そんなに安くていいの?」
「カイルさ〜〜ん。塩ってありますかね?」
「はい、ありますよ。どれぐらい入用ですか?」
とある村広場の一角。荷馬車と1人の商人を囲んで溢れかえる人々。
「あ!? そこの子供達? ラテ丸……お馬さんには近づかないでね〜〜」
「ブルルン!? (なんやの! このチビっ助ども!?)」
カイルは忙しそうにお客様の相手をする。それは、大量に積んだ商品を村の人に届けるため。
決してこの行為は大した売り上げを獲得するには至らない。だけど……これが彼を旅商人としての意義であったのだ。
——数十分後——
「いや、ありがとうございます。カイルさん。こんな小さな村までご足労いただいて……」
「いえ、仕事ですので」
「それにしても、安過ぎではありませんか? しっかり売り上げになっていたのでしょうか?」
「はい。まぁ……ギリギリですかね? でも、みなさんに喜んで貰えれば僕としても嬉しいので」
「それは……あぁ、なんと感謝すれば良いのか?」
お客が履けるのを見計らい、1人の腰が曲がった老人が話しかけてくる。この村の村長である。
「時に、カイルさん? あちらの女性は……?」
「あぁ……彼女はエリス……ぼ、僕の妻です」
「ほう! 奥方でしたか。お若く、美しい方だ。カイルさんの優しさに惹かれて……とかですかな?」
「う〜ん? どうなんでしょうかね?」
ふと、村長は馬車の御者台に腰を落とす1人の少女を見つける。
カイルの妻(?)のエリスである。
彼女は、つまらなそうに頬杖をついて遠くを見つめていたが、こちらの視線を感じたのか、ニコッと笑って会釈だけを返して来た。
「あ?! カイルさん。もしよろしければ、村の宿を使ってください。今晩はここに泊まって行くといい。宿には私が話を通して部屋を用意してもらう。料金もとらんから。どうだろう?」
「……え?」
すると突然……村長から村に泊まっていかないかと提案を受ける。
だが……
「ごめんなさい。その申し出は嬉しいのですが……」
「あぁ……この村がお気に召さなかったかな?」
「いえ。違うんです……実は……」
「ふむふむ。あぁ、なるほど、それでは仕方がないですな」
この後——カイルは足早に村を後にする。
「ねぇ。カイル? あなた、こんなことして何の意味があるの?」
「……え? こんなこと……?」
「旅商人よ。端金にしかならないのによくやるわ」
ふと、エリスが小言を挟んできた。
確かに彼女の言葉は正しい。
旅商人とは、街と街を行き来して商品を売る仕事だ。だが、それは魔物、盗賊の危機が常に付き纏うということ。
そして、カイルの本日の村での売り上げは微々たる物だった。それも当たり前だ。簡単な日用品しか売っていないのだから。
かつ、カイルはお人好しだ。定価よりも安く売っていては儲けなどでないだろう?
エリスが呆れるのも仕方がない。
旅商人とは、よっぽど上手くやらないと儲けが出ない。アホの仕事なのである。
「ドラゴン素材の売り上げがあるからそもそも、商人なんてやめてしまえばいいのに……」
「うるさいな〜〜これは僕の天職でやりたいことだったからいいんだよ」
「ふぅ〜〜ん。天職ね」
「小さな村を回ってモノを売るのは、僕の目的だからさ……そもそも僕が、この職を始めたきっかけが……」
「あ? そういう昔語りはいいから、興味ないから……」
「……えぇ〜〜」
ただ……カイルが旅商人を始めたきっかけ……目的は……今日のように売り歩くこと……
それだけは彼にとって譲れない。何よりもやりたいことなんだ。
「ところで、なんで今日はあの村に泊まらなかったの? 別に急ぐ旅でもないんでしょう?」
ふと、エリスは率直に思った疑問を口にする。
昼間、村長からの提案をカイルは断っていた。普段の彼なら、他人の好意を無碍にするようなことをしないのだが……この彼らしくない姿勢をエリスは訝しんだ。
「実はね。故郷に寄ろうよ思って」
「故郷に? 誰の?」
「僕のだよ。もう、何日も前に文も出していて、一度顔を出そうと思ってたんだ」
「そう。だから断ってたの」
「うん。急げば夕方には村に着くと思ってね。あ!? エリス、村で暴れないでくれよ!」
「それは、アナタ次第よ。ワタシにとって悪い状況下にならないなら、何もしないわ」
「本当かな?」
「——っフン」
カイルの操る馬車は速度が上がる。
それは故郷に帰郷する嬉しさの表れかのようだった。