第61話 突然の来訪者 赤い女性に向ける視線 彼女の正体って?
宿の一室……
「……ん。……うん〜〜? ……ふ、ふわぁ〜〜……!」
少女のあくびが1つ。
ベットの上で上半身を引き起こした彼女は、輝く銀髪に寝癖を残していた。
「う〜〜ん?」
少女は寝癖を直すかのように髪を掻くと、そこには……2本の『ツノ』が出現してみせた。それは彼女が『魔族』である証拠。
【エリス】。本名『風姫の魔王 エアリエル』——ひょんなことから、宿敵である人族の男、旅商人である【カイル】と旅をすることになった物好きである。
「…………」
まだ、眠たげな様子のエリスだが、黙って周囲を見渡す。
そこは木造の一室。今は黄昏時とあってか部屋全体が薄暗い。木目の隙間からはオランジュの光線が室内に侵入している。この部屋唯一の光源。一定間隔で線を刻むその光景は一見神秘的であった。
だが……この部屋は広くはあるものの、シンプルな造りだ。
数時間前にはカイルに対し、文句を吐露したのはエリスの記憶に新しく、こんな質素を極めた宿であっても、ことこの街に関しては高級宿の分類である。
そうカイルの口から説明されると、エリスはしぶしぶ部屋のベットに潜り込んだのだ。
ただ、宿のグレードに駄々を捏ねたのは、当宿の店主の前だ。エリスの傲岸不遜な態度は店主の眉間に深い溝を刻み、カイルは店主の怒りとエリスの怒り、その両方を抑えるのに奮闘した。
頑張れ……カイル……
そして……
エリスの視線は、1つの荷物の山を捉える。
旅商人であるカイルの荷物の山だ。部屋は広々としてるというのに、角に恐る恐る置かれた荷物には若干の呆れを感じさせる。
「はぁ……」
エリスも思わずため息をついた。
と……そんな時だ……
「……ん? カイル?」
そんな呆れの象徴かの荷物の所持者が居ない事に気づいたのである。
「探したわよカイル。で……なんでアナタはこんなところに居るの?」
「——ッえ!? エリス?」
豪奢なホールの一室……煌びやかな調度品、骨董品の並ぶ中で、コレまた金細工の施しが立派な椅子に腰を落とすカイルに、エリスは鋭い眼光を飛ばしていた。
先ほど、この豪華な部屋の大きな扉を力強く打ち開き、エリスが入ってきたことにカイルは酷く動揺した。
というのも……
「なんでって……僕、今商談中で……?!」
カイルは商談で、今居る街の1番大きな商会を訪れていた。そこに、宿で待ってる筈の人物が現れたのなら驚くのも当然だ。
「あら、かわいいお嬢様ですね。カイル様のお連れ様ですか?」
すると突然、カイルの商談相手である女性が話しかけてきた。
赤いシックのドレスに、長髪、唇、瞳までも、全てが赤一色で統一された美女がカイルとテーブルを挟んで座っていた。
「エリス! どうやってここまで入って来たか分からないけど……僕は商談中だから……宿で待っててくれないか?」
「うるさい。アナタは黙ってて……」
「……え?!」
カイルは慌てて突然の乱入者エリスに宿に戻るように懇願した。
だが、彼女はカイルに鋭い眼光を突き刺し、コレを断る。
すると、奥に座る赤い女性に視線を移してより眼光に鋭利化を施す。
「あら? ワタクシ、何かお嬢様を怒らせるようなことをしてしまったでしょうか? うぅ〜〜」
赤い彼女は、唇に手を当て、目はウルウルと潤ませる。
か弱い女性を……演じた……
「かまととぶるのはやめてちょうだい。気持ち悪いわ」
「——ッ!? エリス!?」
だが、エリスの視線の鋭利化は止まることを知らない。この時の暴言に思わずカイルの身体が跳ねる。
だが……
「こんなところで会えるとは思わなかった。“フレイル”……」
「……え? フレイル??」
エリスが女性の名前を口にする。だが、その名前はカイルが商会を訪れた時に聞いた名前とは違った。さらなる驚愕がカイルを襲う。
しかし……
エリスが女性に対して名前を口にするということは……つまり“知り合い”であるということだ。
魔族であるエリスの知り合い……それはつまり……
カイルがここまで思考をめぐらせた瞬間、一気に身体に悪寒が走った。
ただの取引相手だと思ってた人物が、“ただの”ではすまなくなった。
「ふ……ふふふ……」
すると、赤い女性は小さく笑った。口元に八重歯をのぞかせ、屈託なく面妖に笑う姿は、美麗だった印象の彼女に狂気を含んだ。
「お久しぶりです。エアリエルお姉様! 炎姫の魔王“フレイル”——アナタ様にお会いでき、てとても嬉しく思います♪」
【フレイル】は席を立つと、ドレスの裾を摘み流麗なカーテシーをきめた。