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第3話 何をしたの?

 目の前の女性は小柄で少女と言ってもいい容姿だ。

 

 とても男の身体を突き飛ばすほどに力があるようには見えない。


 にわかには信じ難いが……カイルが一瞬、ベットから視線を離した隙に、横になっていたはずの彼女が、瞬間的に距離を詰め。そして、カイルは軽々と弾き飛ばされた。


 コレが、噂に聞く『魔族』の力なのかと——カイルに瞬間的に現実が突きつけられる。しかし……現実離れな現象が、現実として降りかかると、人間というちっぽけな一存在のカイルにとっては遠く認識に及ばない。整理がつかない。


 そんな思考に意識が追いついていないカイルが、黙っていると……



「ねぇ……聞いてるんだけど? 早くしゃべらないと手が滑っちゃうよ?」

「——ッウグ?! ケホ……ゲホ……」



 突然、少女の掴む力が強まった。壁に押し当てられたままのカイルは、思わず咳き込む。

 その時の彼女の表情は、全く感情が伝わってこないほど、冷たく殺風景——だが、今のセリフからは少なからず苛立ちの感情が含まれていると容易に想像がつく。

 ただ……首を絞めれた状態のままでは、彼女の要件に応えることは叶わない——かに思えば、カイルが2、3度嗚咽を吐露すれば、ようやく首にかかった力が緩んでみせる。


 これで何とか喋ることができそうだ。



 だが、力が緩んだということは……



 『コレ以上はまたない』——そう、言われているのだとカイルは解釈した。



 彼に猶予は無かった。



「ケホ……ここは……君のいた森……そこから、ほど近い街にある宿屋だよ」

「……何で連れてきたの? 分かってると思うけど、ワタシ“魔族”だけど?」

「うん……知ってたさ」

「じゃあ……なんで……?」

「君を……置き去りにできなかった……」

「…………意味が、分からない——」



 カイルは彼女の質問に声を振り絞り淡々と答えた。それは、どこまでも簡素で簡潔な説明であり、自分自身でも不理解だと頭を抱えた内容でもある。ほとんど答えになっていないようなモノだ。

 当然、彼女の求めた回答ではない筈だ。目頭をピクッと反応させ、首を傾げる事で、不理解の表明がカイルに伝わった。心なしか、カイルの首にかかる圧が増した気さえしてしまう。



「あと、ワタシ重症だったはずだけど」



 だが……魔族の少女は『不理解』をそのままに次の質問をカイルに投げた。考える素振り1つせず、どこまでも合理に基づいた姿勢である。


 ついで問いかける質問だが……


 彼女は、森の中で、脇腹が貫通して大きく風穴が空いた重症であった。コレは、人間であれば即死していてもおかしくない。ただ……そこは、魔族であるからこそ、人間よりも生命力が高いために命がつながっていた。しかし、それでも重症であるのは変わりない。


 だが……


 現在、彼女の脇腹は——


 身に纏う漆黒のドレスは、腹部に大きく焦げ破れた跡、そして周囲に血が滲み黒ずんだ汚れがなんとも痛々しくあった。だがそこから覗く少女の柔肌は白く、傷1つ確認することは叶わない。風穴が空いていたとは一切感じることのできない無傷である。

 魔族の少女は不意にドレスの破れた部分から自身の肌を触り、傷がない事を悟った。そして今の、質問につながっているのだろう。



「そ、それは……聖女の“タキョウ薬”を使ったから……」

「——タキョウ薬?」



 そこで、カイルが語った答えは『聖女のタキョウ薬』との言葉だった。



「ああ……あの薬は、単体では意味をなさないが……別の薬品や薬草と併用すると薬効成分を何倍にも高めてくれるから……」



 『タキョウ』とは——「沢山の鏡」を意味する言葉である。それはまるで1つの物体を複数枚の鏡を用いる事で、何個にも増えて見える様からついた名称で、薬の効果はカイルの発言した言葉の通りである。

 『聖女のタキョウ薬』はそれ単体では、全く意味をなさないが、別の薬、もしくは薬草を合わせて使用する事で薬効成分を何倍にも膨れ上げることができる魔法の薬品である。ここまで聞いて当然直ぐ理解はいくと思うが、これだけの効果だ——この薬品はとても貴重で高価な代物である。ただ、そんな貴重なモノを何故カイルが所持していたのかと言うと……


 彼の善人気質が偶然的な奇跡を織りなしたから——とだけ今は理解していてもらいたい。


 それで……カイルにとってこの薬は、『もしもの為の備え』として取っておいた——最早、『宝物』と言っても過言ではない大切なモノだった。

 自分が、怪我や病気に見舞われた時に使ってもよし、商人として資金繰りに困った時に売るもよし……カイルにとっての人生における一種の保険が『聖女のタキョウ薬(このクスリ)』だった。


 だが……


 カイルの度の過ぎた“お人よし”は、そんな宝物すら手放す程に馬鹿げていた。



「ふ〜〜ん……で、そんな大層な薬を()であるワタシに使ったと? アナタ……バカなんじゃないの?」



 これは、目の前の少女にも当然の結論を吐き出す。

 人類の敵である魔族を助けるために宝物を手放す——誰から見ても理解に苦しむ愚行である。



「…………はぁ〜……まぁ、いいや……」



 そして……


 少女は、一瞬カイルから視線を外しカイルの首に掛かる手とは別の手を顎に当て、何やら思案を巡らせる素振りを見せたが……僅か、10秒を待たなくして考える事をやめたのか——冷たい視線がカイルを再び突き刺した。


 すると……案の定——



「助けてくれてありがとう。じゃあ、()()()?」



 彼女は、微かに微笑むと——当たり前の様に狂気の言葉を口にした。まさに、この言葉が残虐非道の魔族である証明かのように……



 だが……





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