2、ハシビロコウはクラッタリングしている
アイリスは温かいお湯でララを洗い、やわらかなタオルで体を拭いてくれた。
檻の中のハシビロコウは、目が合うたびにお辞儀している。
「首輪を取ってくれたらうれしいんだけどな~」と思ったけど、気付いてもらえない。
首輪に「首輪を外そうという気持ちを起きにくくする魔法」がかけられているせいだ。
「にゃー」
「お風呂、あったかかった? 今夜はいっしょに寝ましょうね」
アイリスの優しい声に喉を鳴らしながら、ララはパパの話を思い出した。
パパいわく「この世界は小説の世界」で、主人公は17歳のチャリオス王子。
ヒロインは隣国のロザリア姫。
アイリスは、チャリオス王子とロザリア姫の恋路を邪魔する悪役令嬢だ。
小説の展開は男女の恋愛に特化した話で、パパは「ほっとけば原作通りになって終わるだろう」と言っていた。
原作通りだと、アイリスは呪いを隠したままチャリオス王子の婚約者の座に執着する。
そして、チャリオス王子に「おもしれー女」と言われたロザリアに嫌がらせをするようになる。バレバレの嫌がらせに周囲はロザリアに同情的になり、最終的にアイリスは婚約破棄されて断罪される。
アイリスは、嫌がらせをするように見えないけど。
「わたくしの呪いは、魔塔の主がつくるような希少な材料を使う上に高度な技術が要求されるポーションじゃないと治らないらしいの」
ララを抱っこしてソファに座り、アイリスが嘆いている。
「お父様は現在の魔塔の主とあまり仲がよくないから、ポーションを手に入れる交渉の難易度がかなり高くなってしまうわ」
「にゃあ?(魔塔の主……?)」
魔塔の主は、ララのパパだ。
名前は「プーランク・ゲーテ・エンチャントホール魔法伯爵」という。
「現在の魔塔の主は、隣国のロザリア姫との婚約を推奨している方なの」
パパはロザリア姫と王子が将来結ばれる予定なのを知っているから、「ロザリア姫は王子と相性がいいと思いますよ、おすすめですよ」と言っているのかもしれない。
「魔塔の主に相談すると、『呪われている令嬢は婚約者にふさわしくない』と攻撃材料にされるかもしれないし、ポーションと引き換えに婚約を辞退しろと条件を出される可能性もあるわ……」
パパは「ほっとけば原作通り」と言っていたが、積極的に原作通りにしようとする可能性もある。ララは「ふにゃあ」と悩ましい唸り声をあげた。
「なにより、王子はロザリア姫が好きだと噂されているの。お庭の青い花を赤い花に変えてしまったもの」
「みゃーう、にゃーう(首輪を取ってほしいんだけどな、取ってくれたらパパにおねだりするんだけどな)」
「励ましてくれてるの? やさしいわね……ありがとう。今日はもう、寝ましょうか」
「みゃあ(つ、伝わらない……)」
「そうね、あれこれ考えてもどうしようもないわね」
「にゃう……(つ、伝わらな~い)」
変身魔法は、維持するのに魔力を消耗する。
人間の姿に戻っていいなら戻りたいのだが、この首輪が頑丈で、つけたまま人間になったら首が締まって死にかねないので、変身を維持し続けているのだ。
ララは「天才」と褒められた魔女なので維持できているが、他の魔法使いならとっくの昔に死んでいる。
しょんぼりするララを撫でて、アイリスは健気に目の端に浮いた涙を拭った。
そして、「おやすみなさい」と就寝挨拶をして、寝てしまった。
アイリスは寝付きがいい。
目を閉じて3秒ですやすやだ。自分も寝よう、とララがベッドの上で丸くなった時。
「ダダダッ、ダダダダダダッ」
「にゃっ?」
奇怪な音がして見てみると、ハシビロコウが大きなくちばしをたたき合わせている。クラッタリングという行為だ。
「あにゃー!(しずかにして? アイリス様が起きちゃう)」
「ダダダダダダッ……」
ララが注意すると音は静かになった。
アイリスを見ると、起きる気配はなく、すやすやと眠っていた。
クラッタリングには威嚇と求愛の意味があるらしい。ララは「縄張りに新参猫が入ってきたから、威嚇されたのかな?」と思った。