コトリバコの使い方 貳
伏線を入れ忘れてたので加筆しました。
“コトリバコ”。
外見は唯の寄せ木細工の箱だ。
呪いたい相手に送ると相手は死に至ると呪殺の箱。
そんな都市伝説が存在する。
この世には……。
クスクス。
『ねえ……知ってる?』
夕焼け色に染まる教室。
その教室で笑う彼女。
クスクス。
その笑顔はこの世のものとも思え無い程美しいと思った。
『この世で美しい赤い絵の具の作り方』
手には油絵の具の箱が有った。
それを呆然と見ながら僕はため息をついた。
夕焼け色に染まった教室で。
絵の具の箱から赤い絵の具を溶かす。
原色そのままではない。
彼女に教えてもらった数種類の絵の具とその他の物を混ぜる。
出来た絵の具は見るも鮮やかな赤い絵の具だ。
目の覚めるような綺麗な赤。
寿命の短い鮮烈な色の赤。
パレットナイフの代わりに加工したペティナイフで赤い絵の具をキャンパスに乗せる。
赤い絵の具を。
赤い。
赤い。
赤い絵の具を。
クスクス。
彼女に会ったのは美術部で油絵を描いていた時のことだ。
当時の僕は入部したての新入生で絵があまりにも下手だった。
美術の先生に幾ら指導されても中々上達しなかった。
そのうちに先生は僕以外の女子の部員の指導をするようになった。
クスクス。
やがて先生は僕に指導する事なくなり女子部員と居ることが多くなった。
楽しそうに複数の女子部員と絵の指導をする先生。
それを見ながら僕は自分の絵を描いた。
子供の落書きのような絵を何度も手直ししていた。
何度も何度も。
何度も何度も。
そんな時に彼女は訪れた。
笑顔の彼女が。
三年の先輩である彼女が。
何度もコンテストで優勝したことの有る彼女が。
僕は先生の代わりに彼女に絵を教えてもらう様になった。
するとどうだろう。
見る見ると絵が上達し始めた。
彼女の指導は先生よりも的確だった。
僕の絵は最初の物に比べ明らかに別物と言える代物になった。
絵画のコンテストで上位に食い込めるほど。
だがそこまでだった。
そこから僕の絵に陰りが出始めた。
彼女の関心が先生に移ったからだ。
他の女子部員と共に。
それに動揺した僕の絵は酷い物だった。
他の女子部員と共にスケッチ旅行に行った時など特に酷かった。
そうして暫く酷い絵を描き始めた僕を気に留める者は居なかった。
当然だろう。
興味を持てないからだ。
暫くして女子部員は徐々に部活に足を運ばなくなった。
その中に彼女もいた。
一年後。
お腹に僕の知ってる相手の子供を宿し自殺したらしい。
僕に『この世で美しい赤い絵の具の作り方』を教えて。
クスクス。
キャンパスに乗せられる『この世で美しい赤い絵の具』で描かれた教室の絵。
僕の描いた絵。
クスクス。
『ねえ……知ってる?』
夕焼け色に染まる教室の絵。
その教室で笑う彼女の人物画。
クスクス。
その笑顔はこの世のものではないとも思え無い程美しい。
『この世で美しい赤い絵の具の作り方』
今は亡き彼女の声。
手には油絵の具の箱が有った。
寄せ木細工の箱が。
僕が作った絵の具の箱。
箱の中には彼女の子供で作った絵の具が有る。
僕はため息をつきながら絵の具を取り出す。
夕焼け色に染まった教室で。
赤い絵の具を溶かす。
原色そのままではない。
足元に有る先生の死体から作った絵の具を溶かす。
夕焼けの絵の具。
彼女のお腹の子の父親である先生から作った絵の具。
此の教室を夕焼け色に染めた赤い絵の具。
その絵の具で僕は描いていった。
クスクス。
声が聞こえる。
声が。
死んだ彼女の声が。
笑顔の彼女の声が。
聞こえる。
その声を聞きながら僕はペティナイフを手首に当てた。
教室を夕焼け色に染めるために。