式神たちが気に入った彼女のことについて。 ~僕は見習い陰陽師~
束の間の休息時間、昼休みがやってきた。
僕が昼食を早めに食べ終えたところで、クラスメイト達が僕のもとへ群がってくる。
彼ら彼女らのお目当ては僕、松尾春明……ではなく、僕が持つある特技だったりする。
「ねぇ、松尾くん。今回もちょっとタロット占いをお願いしたいんだけど……」
「いや、今日はあーしが先。あーしとゆーくんの将来がかかっているんだし?」
「私は後でいい。でも進路について占って欲しいから忘れないでほしい」
いや、これ生活相談員さんとか担任の先生とかの役割じゃない?
正確にはタロット占いじゃなくて易占って占い方法なんだけど、きっと彼女らはそこに興味はないだろうし濁しておこう。
「うん、いいよ。じゃあまず小西さんと雄二くん? だっけ、二人の恋愛の占いからでいい?」
「お願い! 本当はゆーくんとずっと一緒に居たいんだけど、遠距離恋愛になったりしたらどうなるのかなーって」
「わかった。それじゃ占うね。……出ました。小西さんと雄二くんの関係は良好です。高校卒業後の進路は違えど、すぐに会いに行ける距離の場所に移り住むことでしょう」
「本当!? よかったぁ……。さっそくゆーくんにも教えなくちゃ!」
心の中の靄が晴れたかのような表情を見せた小西さんは、教室を出て彼氏のもとへと向かったのだった。
彼氏さんと末永くお幸せに。
「じゃあ次は根岸さん。進路の占いだったね。それじゃあ始めるからちょっと待ってね――」
そもそも何故このようなことになったのかというと、僕がとある建築会社のもとでちょっとしたバイトをしていたことがクラスメイトにばれたのが原因だ。
地相を占って吉凶を割り出していたことが何故かクラスメイトに知られてしまった。
占いができるとバレた次の日から女子が殺到し、その日から僕の休み時間は僕だけのものではなくなってしまった。
そんなことを考えながら占いを進めていき、無事に本日の昼休みに約束していた分のタスクは終了。
僕は窓際へ行き、ガララッという音と共に窓を開ける。
比較的に涼しい本日の風が心地よかった。
そこへ雀が一匹、こちらへ飛んできて窓の枠へ降り立つ。
一見すると和やかな日常の風景だが、実はこの雀には秘密がある。
『主。言われた背格好の男子と女子の身辺調査、役に立ったか?』
(うん、役に立ったよ。易占だけだと絶対に未来を当てられるってわけじゃないからね。いつも補助してくれてありがとう、式神)
『そうか。主の役に立てて、我は感激だ』
そう、この雀、ただの雀ではないのだ。
所謂式神と呼ばれる存在だ。
実は僕は陰陽師の家系にある。
とは言っても今時妖怪退治なんて滅多に起きる事じゃないし、多分一般の方々が考えているような陰陽師の仕事は早々こなさない。
出来るとこと言えば占いとか、式神を呼ぶとか……そんな些細なことだ。まだ陰陽師見習いゆえに仕方がない。
ちょっと物思いに耽っていたせいか、僕のもとに近寄る影に気が付くのに少し手間取ってしまった。
「あ、あの……松尾くん。約束してないけど、私も占ってもらっても良いかな?」
そう話しかけてきたのは中瀬栞さん。
身長は低めで、あどけなさが残るその顔立ちはとても可愛らしい。
仕草も愛くるしいし、声だって可愛いときたもんだ。
そんな彼女に僕は恋をしている……のかは正直分からない。
けど意識しているのは確かだ。
――本心を偽っても無駄かな。実は中瀬さんのことが好きだ。
ある日、橋の欄干越しにとあるクラスメイトの女子、中瀬さんと小学生の男の子が会話しているのが見えた。
それが気になって仕方がなかった僕は、式神を飛ばして様子を窺った。
戻ってきた式神が言うには、事の顛末はこういうことだ。
春風に煽られて少年の帽子が飛ばされ、丁度川から出っ張っている岩に引っかかったらしい。
それで途方に暮れていた少年のもとに中瀬さんが登場し、ローファーと靴下を脱いでその帽子を川に入って取りに行ったという。
僕が彼女のことを意識し出すようになったのは、この一件からだった。
なんて優しい子なんだろう、僕はそう思った。
人が困っているからといって、実際にその人に救いの手を差し伸べられる人がこの世にどれだけいることか。
そうなってしまったが最後、自然と彼女のことを目で追うようになっていた。
でも最近彼女と目が合うことが増えた。なんでだろう?
それに加えて最近は色々と彼女のことを考える機会が多々あって――
『主、押せば行ける。その子は押し切れば抗えない性質に違いない』
『いやいや、ここはじっくりと攻めるべきだ。彼女の反感を買ってしまっては元も子もない』
『我は静観する。他の式神らよ、馬に蹴られても我は知らぬ存ぜぬ」
雀に変化した式神たちがこぞって寄ってくる。
ほら、これだよ。
僕の式神は何故か中瀬さんのことを気に入っている。
彼女は式神を魅了するような香りでも纏っているのだろうか?
ただ正直理由は分かっている。先日の少年を助けた一件で気に入るようになったのだろう。
人間の僕でも魅了されるくらいの人の好さだ。それなら式神だって心を動かされるのも仕方がない。
「うん、占いだね。いいよ。何を占いたいの?」
「そ、その……。最近誰かに付きまとわれているような気がするんだ。だから、怖くなっちゃって……。夜とか、外を歩いていると誰もいないのにずっと視線を感じたり、振り返ると電柱の影に黒い何かが立っていたり。そんな毎日で怖くなっちゃって――。これって幽霊とかなのかな? うーん、やっぱり怖いなぁ。……占いで何とかできそう?」
最近目が合う理由はそういうことか。
僕に奇妙な出来事の件について占って欲しかったんだ。
本当に彼女を付け狙っているのが霊だとしたら、僕は管轄違いだからあまりできることはない。
何もできないわけではないけれど、大人の事情とやらでややこしいことになるので止めておきたい。
これは日本の宗教の実態が、無宗教の皮を被った多宗教になってしまったせいでもある。
正直僕の手には余る。これは協会案件だ。
陰陽師の総本山に顔を出すまではいかなくても、支部にお邪魔するか陰陽師をやっている親に相談しよう。うん、それがいい。
「ええっと、ちょっと待ってね? 中瀬さん、その類の占いだと準備が必要なんだ。代わりと言っては何だけど……」
僕は席に戻り、カバンの中をごそごそと漁る。すると霊符が出てきた。
霊符が効果を発揮できるように、筆ペンで中瀬さんの名前をそれに書き足す。
これを彼女に渡して持ち歩いてもらえれば、簡易的な魔除けになる。
「はい。これを当分持ち歩いて欲しいんだ。安全祈願のお守りみたいなものだよ」
「凄い達筆だね。私、読めないなぁ」
読めたら凄いよというツッコミは置いておき、とりあえずこれで彼女に危害が加わる可能性は減った。
問題はこれから何をするかだ。
(式神たち、中瀬さんの身辺調査をお願い。相手が妖怪の類で、彼女の身に危険が迫ったときは戦闘の許可を出す)
『あいわかった。……ちなみに身辺調査にすりぃさいずとやらの調査は含まれるか?』
(含まれないから! やっていいことと駄目なことの線引きは出来るでしょ、君たち)
『しかし年頃の男子なら知りたくて仕方がない情報なのではないか』
『我は静観する』
(駄目なものは駄目。スリーサイズは調べないこと。それじゃ情報集め、お願いね)
自分の式神に振り回されるあたり、まだまだ僕は未熟だなぁと痛感する。
とにかく、次にすべきことをしよう。
先に両親に相談かな? 支部に出向くよりは手っ取り早く話が進むだろう。
◇
夜、両親が帰宅してきたところで早速昼間の件を相談した。
返ってきた答えは悪い方の知らせだった。
「それは十中八九妖怪だな。最近この界隈で妖怪出没の話を聞く。春明、その子に式神は何体つけてある?」
「三体だよ。相当大物が来ない限り大丈夫だと思うんだけど……霊符も渡してあるし」
「あなた、この子の式神なら大丈夫よ」
母のお墨付きを頂けたってことで、彼女に危害が加わる可能性はだいぶ減ったとみて間違いない。
僕は一安心して、氷が入ったグラスが結露しているのを確認し、滑り落さないようにしながらそのグラスを口元へ運んだ。
「それにしても春明に想い人ねぇ……。本当、子が育つのは早いものね」
「ごほっ!」
飲んでいた水が若干気管に入った。
急に変なことを言わないでほしい。
水だったからよかったものの、食べ物だったら大変なことになっていた。
「あら、調べはついているのよ? 中瀬栞さん、十六歳。趣味は料理で昼食のお弁当は自作のもの。他にも手芸にも興味があり、最近フェルトマスコットを作り出したらしいわね。最近とある男子から熱い視線を送られているとかいないとか」
「陰陽師の調査能力を無駄遣いしすぎじゃない!? そもそも何で中瀬さんのことを調べていたのさ……」
「件の用件よ。妖怪……妖怪? 退治の際にちょっとね。そうだわ、春明。あなたにその子の件は任せるわ。そろそろ良い歳なんだし、妖怪退治でもして箔を付けておきなさい。その子ともお近づきになれるし丁度いいじゃない」
「……まぁ、いいけど」
と言った僕だが、その任務にあたるには大きな壁が聳え立っていた。
どうやって彼女にこの件を話せばいいの?
この一言に尽きる。
どこからどこまで話し、どうやって彼女の護衛をするところまで関係性を深めるべきか。
両親みたいに、認識阻害を掛けられればこんな苦労はせずに済んだのに。
心の中で愚痴っぽい言葉をこぼした。
でも既に中瀬さんや近頃の妖怪事情とやらを調査してあって、そのうえで僕に任せるということは僕一人で対処できる案件なのだろう。
きっとそうだ。両親にその辺の事情を聞いたところで『半人前のお前にすべてを打ち明けるにはまだ早い』とか言われそうだけど。
◇
行動に移すなら早い方がいい。
僕は早速翌日の朝に中瀬さんに事情を打ち明けることにした。
かといって全てそのまま話したところで『何を言っているんだろうか、この人』となることは必至なので、上手くごまかすことにする。
「中瀬さん、昨日の件で話があるんだけど」
「なにかな?」
「問題を解決するには、その――僕たち、結構仲良くしなきゃいけないみたい。……あっ、これ占いの結果ね?」
僕は最後に咄嗟に嘘をついて誤魔化した。
残り半分の前半部分は嘘ではない。出来るだけ彼女と長い時間一緒に居て、妖怪やら何やらかが出てきた時点で式神に退治して貰えばいいのだ。
それが上手くいったところで、占いで『もう無理して一緒に居なくていいですよ』という嘘の結果が出たことを伝えればいい。
それらを完遂すれば、僕らの日常は元通りになる。
僕の恋心とやらはどうでもいいよ、彼女の身の安全が最優先。
「結構仲良くって、どのくらい?」
「具体的な仲の良さってのはないけれど、出来るだけ長い時間一緒に居た方がいいみたい」
「それじゃあ、まるで恋人みたいだね」
いや、確かに僕も一瞬そう思ったけどさぁ……そう思ったけどさぁ――
いざ彼女の口からそう言われると意識せざるを得ない。
だけど僕は出来るだけ本心を悟られないようにしながら彼女に返事をした。
「そうだね。そのくらいの関係性かも」
「そっか。私、彼氏とか出来たことがないからよく分からないけど」
彼氏がいないことは式神による身辺調査で明らかになっている。
もし彼氏がいた場合は、僕はそばに寄ることが難しくなるから認識阻害を使える協会の人たちに調査と護衛をお願いしていたかもしれない。
でもその辺の情報も親に筒抜けだったんだろうなぁ。
「初めての恋人が松尾くんみたいな人ならいいのに――」
小声で彼女は呟いていたが、僕はその一言をちゃっかり拾い上げてしまった。
ど、どうしよう……!? これはどっちの意味? 助けてくれたから情が湧いた? それとも本心? もしかして――
頭の中で思考が堂々巡りする。
~~~
本当に、松尾くんみたいな人が彼氏ならよかった。
松尾くんなら私のことを大事にしてくれるだろうし、話も合うはず。
何故話が合うか分かるのかって? そんなの決まっている。
だって私も彼と似たような家系だもの。
松尾くんは私のことをよく知らないみたいだけれど、私の実家は神社だ。
例え彼が式札を使用した式神を私の周りに飛ばしたといっても、神社に張られている妖用の認識阻害と障壁の結界を突破することは出来ないと思う。
何より助けを求めたばかりなのに、次の日にはもう対策を練ってきている。
早くない?
それだけ私のことが心配ってことなのかな?
それだけでもう私の胸の内は嬉しい気持ちでいっぱいだった。
もしかして、結構好かれている?
ちょっと試してみよう。
「いい機会だし、本当に付き合ってみる?」
「気持ちは嬉しいけど、先に視線や黒い影の件を解決しよう」
上手くかわされたなぁ……。
もしかして脈無しかな?
でもあると思うんだよなぁ――だってよく目が合うし。
目が合うってことはそれだけ見られているわけだけど、同じく私も松尾くんの事を見ているってことだ。
なんだ――やっぱり彼のことが好きなのは私の方で、好かれているのでは? という疑問は私の願望なんだ。
ほら、やっぱりこうなった。
本当に、松尾くんみたいな人が彼氏なら良かったのに――
でも向こうも私と同じくらいこっちのことを見ているはずなんだけどなぁ。
女の勘って当てにならないときもあるね。
◆◇◆
その日の下校時から僕と中瀬さんは一緒に帰るようになった。
といっても彼女は実家を見られたくないらしく、途中で別れるわけだけど。
でも式神たちが護衛してくれているし彼女の身は大丈夫だろう。
しかし一週間経てど、さらに一か月経てど妖は現れなかった。
もしかして既に退治された? いや、だとしたら両親が僕に教えてくれるはずだ。
そんなことより新たな問題が浮き彫りになってきた。
僕と中瀬さんの仲が良くなってきていることだ。
それはそうだ。毎日一緒に帰って、朝も待ち合わせ場所を決めて一緒に登校して、その間趣味の話をしたり、好きなことについて語り合ったり――
そんな毎日を送っていれば仲良くなるのも必然だった。
僕は元から彼女に好意を寄せていたものだから、気持ちを自制するのはそれはもう大変なことだった。
心なしか彼女も以前より表情が明るくなった気がする。
この反応の違いに勘違いしない男子が居るのだろうか? いや、いない。
悲しいことに男子という生き物は、こんな女子の些細な変化ですら機敏に理解し反応する。
しかしある日の下校時、ピリッと首筋に電気のようなものが走る。
振り向くと名状しがたき異形の者が立っていた。
妖怪だ。
『主!』
『女も無事か?』
『我、静観せず』
猛禽類へと変化した式神たちが妖怪に向かって急襲を仕掛ける。
程なくして妖怪は悲鳴を上げながら空間の隙間に収束していった。
さて、どうしたものか。
一部始終を彼女も見ていたはずだ、どう説明したらいいものか――
「あっ。松尾くん、後ろ」
振り向くとそこには幽体がいた、しかも敵意むき出しの悪霊と来たものだ。
ああ、そうか。視線と黒い影は別物だったのか。
でも幽霊はちょっと管轄外なんで勘弁してほしいのですが……。
基本的に神主さんとかお坊さんとか、その辺の方じゃないと対処できない。
それか位の高い陰陽師か。
その時、バサッ! という音と共に僕の横を何かが横切った。
それは神社でよく神主さんや巫女さんが持っているあれ、大幣だった。
それを振るったのは言うまでもなく、中瀬さんだった。
「……えっ? 今除霊した? もしかして中瀬さん、こっち側の人間?」
「そうだよ。気づくのが遅いよ、松尾くん」
情報量が多すぎる。
「それで、問題は解決しちゃったし一緒に登下校はもうおしまいにする? どうするの? 松尾くん」
「このタイミングでそれを聞く!? いや、本音を言うともっと仲良くしたいけどね!」
僕は混乱していたんだ。きっとそうだ。