出会い
「……あんた誰??」
見るからに普通の人には見えない。俺より少し年上ぐらいの女性で大きなアズール色のクリクリした目と烏の羽根のように艶のある黒髪が印象的な美しい人だった。身なりはまさに昔妹が見ていた魔女っ子アニメにそっくりな衣装で、前が大きく開けたデザインの青いドレスを着ている。
彼女は俺の質問には答えずに言葉を続けた。
「なぁ、君の会いたい人ってもしかしなくても田中瀬雅くんだろう??彼ならまだ間に合う!!だから一緒に迎えに行こう!!」
そう手を差し出してくる姿は流石にさっきまで自殺しようとしていた俺でも胡散臭いとしか思えなかった。
「あんた、もしかしてどっかの宗教の勧誘?悪いけどこれから死ぬから入らないよ」
「宗教じゃない!!?名乗るのが遅くなったね、僕は魂の案内人が一人の水の魔女。神に使命を与えられて、ナイトメアに引きずりこまれた人間の魂を連れ戻す役割を持っているんだ。それで君の友人もナイトメアに取り込まれて……」
「あーはいはい、どうせ僕が宗教入って誰々様やらなんやらに高い金払って友人を思えば友人も開放されるとか言うんでしょ??嘘っぱちの情報には乗らない主義でこれから死ぬので入りません」
「やけに具体的だな!!?あと本当だから!!本当に君の友人まだ生き返れるかもしれないんだって!!?」
「もうやめてくださいよ……俺もう生きる意味ないんです。安心できる居場所も、大好きだった友人ももうこの世にないんです。もし自殺は良くないとかの気持ちでこんなことしてるんだったらやめてください。変な期待して、絶望なんてもっと辛くなりますから、お願いします。死なせてください」
「うわっ友人への思いがもうメンヘラ彼女バリだね……。ちょっと引きそう……じゃなくて!!?だから本当だって……ってウソ!!?」
俺は怪しい勧誘女の言葉を聞かずに、身を投げ出した。あぁ、これであいつと一緒のところにいける。そう思っていたのに……
「おおっと……危ない……」
俺が予想していた体が水に打ち付けられる衝撃や耳に水が入る音は聞こえず、俺の耳にはさっきの女の声が入ってきた。
一応体を触ってみるがなんともなく、水の感触どころか息も苦しくない。ゆっくり目を開けてみると……そこには魔女のスカートの中が見えて……え?
「無事だったかい?……ってどこ見てんだ変態!!?」
(ドスッ)
「「あ」」
なんで人が箒乗って、空飛んでその上に乗せられてんだという疑問を持つ暇もなく、俺は海に落とされた。
「あ、やべ」
そんな魔女の声を最後に俺の体は海に入る。予想だにしないハプニングがあったが今度こそ死ねる……今度こそ……。
そう期待して苦しくなる呼吸さえも愛おしく思いながら意識を体と一緒に沈めていった。
「おーいショウネーン、君はまだ異世界転生なんてしてないし、君の愛しのダーリンとも一緒の世界にはいないぞ〜?戻ってこーい」
ペチペチと頬を叩かれる感触で俺は目が覚めた。目が覚めると、今度は魔女の顔がドアップで俺の前に現れたのだった。
「うおっ!!?近い!!?」
俺が驚いて起き上がれば辺りは日が暮れて真っ暗のようだった。
あれ、てかこの人さっき箒乗って浮いてなかったか??しかし辺りを見渡しても箒は見当たらない。見間違いだったんだろうか??
「よく寝てたね、自殺失敗して身ぐるみ剥がされた御感想は?」
そう言われて俺は自分の格好を見た。なんとパンツ一丁である。思わず恨みを込めて後ろを振り向けば魔女はあぐらをかいた状態で俺の反応を見てニヤニヤしていた。
こいつまさか……
「少年しか愛せないみたいな変態か??」
「違うわ!!?失敬な!!?」
そう怒りながら魔女は横に指を指した。
つられて見てみればそこには乾かすように灯台の釘の出たところに引っかけて干された俺の服があった。
「パンツは昼間のうちに乾いたけど、服は乾かなくてさ……」
「パンツは乾いたって…まさか脱がしたのか!?」
俺がドン引いた顔を見せると魔女は呆れたようにため息をついた。
「いくら私でも脱がすわけないじゃないか、誰が好き好んで君の粗末なモノを見なくちゃいけない?」
何を当たり前のことをと言わんばかりに首を傾げてきたので思わず頬が赤くなった。
いや、何その急な真面目な返し……さっきまでのノリで言ってくれよ、こっちがおかしいみたいじゃないか……。
俺が拗ねていれば魔女はあっと何かを思い出したかのように声をあげて、俺に向き直った。
「ところでさ思わず助けられちゃったけど、君が激重感情向けてるお友達を連れ戻せるんなら、連れ戻したい??」
また変なことを……俺が疑いの目を向ければ魔女は頬を膨らませた。
「嘘っぽいのはわかるけど、信じてくれたっていいじゃん!!それにこのあと別れたら君また死ぬつもりなんだろ?なら死ぬ前にちょっと私に付き合ってくれるって考えでもいいからさ!!?お願い!!一緒に迎えに行って!!」
今度は駄々っ子のように座っている俺の腕に魔女が纏わりついてきた。
「いや、離せよ!!?俺は悪いが、人助けなんてする柄じゃねぇんだ!!瀬雅がいない今、俺が人助けする理由なんてないんだ!!だからさっさと死なせ……」
「じゃあ、付き合ってくれるまで君のこと何度でも助けてやる!!何度も何度も!!焼身自殺しようが、入水自殺しようが、薬物自殺しようが何度だって助けてやるんだから!!そのうちご近所さんに噂が漏れて児童相談所とかに連れてかれてもいいの!!?」
「エッ……」
流石にそれは困る。魔女の言う通り、何度も自殺失敗を繰り返していればここらへんに住む人たちに通報されてもおかしくない。それで親に連絡されようものなら……俺はゴクリと唾を飲み込んだ。それだけは避けたい……。
それをやってやると言われているのだ。これはもはやお願いではなく脅しだろう。
「あー!!もう分かった!!分かったから!!ついていけばいいんだろ!!お前のその怪しい宗教に!!」
俺は両手をあげて降参ポーズをした。
それを見た魔女は嬉しそうにニカリと歯を見せて笑う。
「宗教ってところだけは余計だけど、付いてきてくれるの?やったー!!じゃあ、早速僕と契約結ばなくちゃいけないから、立って手出して。あと、今から僕が言うことにはハイかYESで答えること!!」
「ハイハイ……」
手を出すように言われて俺は渋々手を出す。その手に魔女は自分の手を素早く重ねてきて俺は一瞬後退りしそうになったが、魔女に手を取られてそれは阻まれた。
またニヤリと魔女が笑う。まるでもう逃さないと言うように。
「この世に生まれし神の愛し子、佐藤賢也よ」
魔女がそう呟いた瞬間、辺りに風が吹き荒ぶ。無機質なコンクリートだったはずの地面が俺たちを中心に円上に光りだし、青い炎がその上を走り抜けていく。
美しくもあり、怖くもある。
本当の魔法のような光景だった。
なんだよこれ……怪しい宗教野郎じゃなかったのか??
「お前は魂に向き合い、誠実であることを僕、水の魔女に誓うか??」
そう聞かれて俺は戸惑った。まず目の前のことだって理解が追いついていないのだ。今何が起きているのか、何をしようとしているのかを知らないのを恐れたり、気味悪がるのは弱い人間の性であり無理もないと思う。
そんな俺の気持ちなんて露知らず、魔女がさっさとハイと言えと言わんばかりに、目配せしてきた。
しかしモタモタしている俺の態度にイライラしてきたのか、魔女は俺の手を砕けるかってくらいの力で握ってきたのだ。
「ち、か、い、ま、す、か!!?」
「イッ!!?ハイ!!誓います!!誓いますから!!手離して!!」
「……契約成立」
そう魔女が言うと俺の手がさっき地面をはしっていた青色の炎に包まれる。
「うおっ!!?」
俺が驚きの声をあげれば、魔女はまた愉快そうに笑った。しかし不思議なことに熱くない。この炎はどちらかと言えば冷たくて、まるで水の中に手を突っ込んだような感覚に近かった。炎が消え、地面の光も消え、俺があまりの情報量の多さに呆気に取られていると、魔女が俺の手を急にグッと引いてきて顔の距離を縮めながら口を開いた。
「さてさて、これからよろしくね。ご主人♪」
そう言う魔女の笑顔は子供のように幼かった。