プロローグ
『瀬原集落聞書』シリーズです。
昭和四十年 三月二十五日 木曜日
実に二十年ぶりに再会した美しい従妹は、違和感の塊だった。
流行の型をした赤いワンピースを着て、古びた鼠漆喰の壁を背景に、背筋を伸ばして正座する従妹を見た坂本紘一は、其の様子を、まるで、日当たりの良い庭に無造作に置かれた、受け咲き君子蘭の様だ、と思った。
従妹である坂本成子は、何か、強い南国の太陽を思わせる光の様な美を体から発していて、其れを其処等中に拡散している様に思えた。
成子は別に、色黒というわけでもなく、極端に眉が濃いというわけでも無かったが、兎に角ハッキリとした顔立ちをしている。キチンとアップのシニョンに結い上げられた髪と、襟足が美しい。
昔から、成子の母、初に似て、美しい娘ではあったが、紘一には、其の存在自体に違和感が有った。
恐らく、此処に置いておくべきではない鉢を庭で見ている様な気分、というのが、今の心情に最も近いのであろうと紘一は思う。
紘一の感覚で言えば、君子蘭を置くのであれば、温室か、もしくは、もっと葉の色が映える様な、日陰の煉瓦塀の前である。其れを、ただ一つの鉢だけ此の様に置いたのでは良くない。受け咲き君子蘭は、其の見た目に反して、日差しに弱い、繊細な花なのである。
此処に居るべきではない人間、というのが、紘一の、従妹に対する正直な感想で、そして其れが、紘一には、とても気の毒に思えた。
『同じ顔』の前日譚から書こうかと思いましたが、シリーズの中の戦時中の話が一番長いので、其の話の後日談から上げようと思います。『同じ顔』の坂元自動車の前会長、坂本紘一がメインの話です。