その生物危険につき
それが歩くと、地面に敷き詰められたレンガが粉々に砕け散り、小石となって地面に転がった。
見えない生物は確かにそこにいて、店の軒先に出された安っぽいネオンの看板を引っ掻けて破壊してみたり、時々ガードレールに体をぶつけてぐにゃりと曲げながら歩いている。
見ていられず振り返ると、それは止まる。
目には見えないが、周りの物が動かなくなるので止まったことが分かった。
また前に歩き出すと、後ろから金属を磨り潰すような嫌な音がギギギと響くのだった。この怪獣は日本の町が気に入ったらしかった。俺が心配だったのは、物を壊して遊び始めているような気がしてならなかったからだ。
呉服店のショーウィンドウに不気味な背中が映っていた。
ごつごつした体を一身に揺すり、巨大な鰭をばたつかせている様は、どこか滑稽で、ゆらゆらと揺られるダルマを思わせた。だが、俺がショーウィンドウのガラスの反射を利用してその姿を見ていることに気が付くと、さっと姿を消してしまうのだった。
すぐに問題にぶち当たった。
進行方向5メートル先から歩道が無くなるのだ。車道を歩くわけにもいかず反対車線側の歩道に行かなければいけないが、この怪獣を引き連れての歩道の横断は大変に神経をとがらせる事となる。なぜならこいつは人の目に見えないのだ。見るとしたらこいつが意識していない点から反射を利用してみるほかが無い。それが車の運転手に出来るとは思えなかった。
抱き上げて渡ってしまおうかとも考えたが、人間の手が怖いらしく俺の手は不気味な空気を掬うで終わってしまった。
仕方なく、青信号である事と車が来ないことを確認して、ゆっくりと横断歩道を渡った。
あと少しで渡り切るという所だった。右からワンボックスカーが走って来てハンドルを左に切った。運転手はスマホを耳に当てて楽しそうに会話をしている。
車は俺の服を擦るようにして巻き込む様な軌道を取って走り、そして横断歩道中ほどでガツン!!と音を立てて止まった。
まるで巨大な縁石に頭から突っ込んだみたいに。
フロントガラスは衝撃で粉々に砕け、衝突の衝撃でエンジンはボンネットを突き破って顔を出していた。ラジエーターからまるで血液のように冷却水が流れ出し、衝撃で外れて転がったホイールカバーがまだ足元でからからと回っている。作動したエアバックは運転手の顔を包み込み、鼻血を出させたが、どうやらその職務を全うして命を救ったようだった。
ひしゃげて開かなくなった運転席のドアがひとりでに天高く舞い上がる。
勿論それは怒った怪獣がやったことに違いない。車にはねられても怒らせる程度の事なのだった。
その証拠にパンパンに膨れ上がっていたはずのエアバックがずたずたに引き裂かれて白い繊維へと変わっていった。
「まずい!!」
ジャラララと鎖を引きずったような音が聞こえだした。
ワンボックスカーのフレームは、火花を散らせて千切れ、粘土を削るように徐々に徐々に小さくなっていった。見えない何かが飛び散って街灯を破壊し、タイヤをパンクさせ、アスファルトを削る。
運転手が涙を浮かべて口を開く。
「ぎやああああああ!!!」
大の大人が悲鳴を上げ、その恐怖に震えている。
あ、死ぬんだなと思った。
何か助ける方法は無いのかと思った。
ふいに足の下でずりりと小石が音を立てた。
すると急に音はやんで静かになる。聞こえるのは男の怯えきった声と荒い呼吸だけで他の音が何もしなくなる。
いなくなったのかと思ってそのまま後退すると、車がゆっさゆっさと揺れて何かがそこから離れるのが分かった。
この怪獣は目に見えない。そして人を追いかける習性がものすごく強いのだ。