最悪
我々がその生物に気が付いたのは単なる偶然に過ぎなかった。
空港の検疫課には、体温を測るためのサーモグラフィーが設置されていたのだ。それは、海外渡航者が感染症を発症し日本に帰ってきた際、感染を広げる前にご同行いただくための一指標にすぎなかったが、その中に生物が映っていた。
それはちょうどリュックサイズほどの大きさで、全身にイボイボが付いている。その体のほとんどを巨大な口が覆い、二つの目は体から飛び出てぎょろぎょろと周りに睨みを利かせ、鰭を使って『歩いて』いた。まだ一例も確認されていないタイプの新種だった。
さらに不思議なことに、その生物は一人の人間の後をついて歩いていた。
食うために獲物を狙っているのだろうと我々は考えたが、それが違っていることを目の前で見せつけられることになる。
入管局の扉は、確実に施錠されていた。
中には覚せい剤を使用した異常者もいるので特別頑丈に作られた扉の鍵を、それは軽々と両断した。
肉眼で見ることのできない生き物。
そう思われたが、薄暗い壁の中であの不気味な目だけがギョロリと動いた。
それはまさに、こちらが敵かどうかを見据えているような、そんな雰囲気があった。
その化け物を従えた男は、実に落ち着いた様子で笑顔を見せた。
白々しいまでの笑みは、我々をあざ笑うかのようだった。
「帰っていいですか? 明日仕事なんです」
「い、良い訳が無いでしょうが」
壁から目を離したすきに、あの目玉は消えていた。
ふと、足元に目を落とすと見慣れないゴミ箱が置いてある。
我々はゴミ箱を床に置かない。なぜならばそこに爆弾を仕掛けられるかもしれないからだ。
すえ恐ろしいことだ。この生き物はあらゆるものに擬態する。
最悪の怪獣が日本に迫っている時に、なんともおっかない物を連れ込んだものだ。
年間400回も自衛隊の戦闘機は迎撃のため空に飛んでいるが、それは本当に敵国機への行動だと思うか?
違う。この世界には図鑑に載らない生物が確かに存在している。
ズンと地響きがあった。
いやな予感がする。なぜならその巨大な怪獣は、空港が好きだったからだ。いや、飛行機が好きなのか。そいつのせいでたびたび空港は使えなくなっていた。怪獣が来てしまった場合、世間一般には台風の影響で空港が使えないという事になっている。
今日もまたターミナルがまた破壊されるに違いない。ここはそういう場所なのだ。
そう思ったが、破壊の音は聞こえない。
不思議に思って窓から外を見ると、悪夢はそこにいた。
蠢く暗闇に電灯のように光る目がふたっつ。けしてそれと目を合わせてはいけない。それは生き物を楽しんで殺す。しまったと思った。思いっきり目が合った。
だが最悪は全く動かない。それどころか、まるで蛇に睨まれた蛙のように、じりじりとゆっくり後ずさりした。草むらで天敵にばったりとあってしまったかのような有様だった。
そして、ゆっくりと、悪夢の首が落ちる。
ドサリ、と巨大な獣の首が地に落ちた。