そこにいる
人にはそれぞれ個性という物が存在する。
目が大きいだとか鼻が高いだとかそういう物を連想されるだろうが、俺はどんな人間なのかを重視する。もし、友達や彼氏を作るならば、過酷な状況におくと良い。
人間の本性というのは睡眠不足、低体温、空腹が重なるとはっきりと表れてくるものだからだ。これらは訓練によって改善されることはあっても、性根の方は変わりようがない。
だからわざわざ手荷物検査で四時間もかけているこの日本人もそうだし、これから取調室に俺を連行しようとする警官風の男もそうだ。性根が腐っているのだろう。俺の容疑は海外旅行を装った密輸らしい。そもそも、検査器具と工具の他少量の生活必需品しか持っていないのにどうやって密輸などできようか。
「なんなら切ってもらっても構わないですよ」
切れるもんなら切って見ろ。その馬鹿でかいスパナは俺の荷物をいつも圧迫していたし、そもそも今回の仕事では使っていない。無用の長物だった。
「これから取調室に入っていただきます。連絡はこちらの電話でしかできませんのでスマホを出していただきますか?」
「その前に会社に電話をしてもいいですか?」
「だめです」
なんなんだこれは。これが日本だというのは日本人ののっぺりとした顔と、綺麗な日本語で分かったがまるで違う世界のようだ。
渋々使い古したスマホをトレーに出すと冷たい部屋に案内された。そこは小さな机と椅子が二つあるだけの粗末な部屋で、天井には監視カメラが設置されていた。
「ニ三、簡単な質問にお答えいただければ、解放いたしますので」
「はい」
「先崎大地さん、でお間違いありませんね?」
「はい」
「貴方は海外出張に行かれていた。そこで不思議な物を見たはずです」
見たかと言われれば、見ていた。しかしそれを口に出するべきではないと思った。話せば精神病棟おくりか、例え信じられたとしても、一生モルモットとして生きて行かねばならない。
「何も見ていません」
「普通の人は『何のことですか』と聞くのです。少なくともあなたと同じ機に乗って到着した128人の乗客はほとんどその答えを口にした」
「……」
「恐ろしい体験をなされたのでしょう。話していただければ我々も助けることができますが」
全てを話すことはないだろう。すこしぼかして満足させればいい。俺は疲れていた。早く寝たかった。だから少しだけ話すことにした。
「尋問官さん。工作機械を修理されたことはありますか? 無いでしょうから話しますが機械を一度分解すると組み立てに一カ月かかります。なので分解せず、手を突っ込んで修理するのですが、左腕が機械に挟まって抜けなくなりました。一度目は腕時計を外して事なきを得ました。初歩的なミスです。なので次は時計を付けずに入れました。なのに同じことが3回起きたんです」
まるで機械に噛みつかれたみたいに。ここは言葉にしなかった。
質問していた男は突然鉛筆の尻を齧り、席を立って乱暴に扉を閉めた。
怖い。変な薬でもやっているんじゃないだろうか。ああいやだ。ああいう連中が人に冤罪を被せるのだろうな。
ふと、怒った男が出て行った廊下からヒラヒラと破片が舞い込んだ。
それは美しい水晶のように透き通った小さな鱗だった。
そっと扉を開くと、鍵は掛かっていなかった。
男がかけたはずのカギは、壁側に埋没したまま、鋭利な刃物によって切断されていた。工作機械メーカーから言わせれば、その切断面は異常だった。まるで切った後に断面を磨いた様な完璧な形状なのである。
鉄を切れば、必ず切断面に傷が残る。レーザーならばその傷は見えないが、今度は表面が焼け色が変わってしまう。それなのにカギは完璧な平面を保っていた。うすら寒い。不気味だ。
ゆっくりと壁から引き出すと羊羹みたいになったロック機構がそのまま床に転がり乾いた音を立て、”何もない空間で”一瞬跳ねて床上に落ち着いた。