幽霊艇
2021年10月18日 日本 茨城県 百里基地 1817
薄暗い管制センターの中で管制官がモニターを凝視した。
この日、レーダサイトが日本の防空識別圏に侵入した未確認機を探知したのだ。
各国より提出された航路予定表をつぶさに確認、その機体は提出されたデータから洩れていることが分かった。
察知より2分。直ちにレーダサイトから未確認機に向けて国際緊急周波数による無線呼びかけが行われた。だがこれに応じる様子はなかった。呼びかけに使われた言語は、英語、中国語、ロシアである。
レーダサイトからの情報を統括する防空管制指令所は、直ちにF15jによるスクランブル発進を決定した。
「ホットスクランブル!」
空気を溶かしてしまうほど高温の炎を吹きながら戦闘機が滑走路に移動する。
後続に続くのは、同じ灰色の塗装を施されたジェット戦闘機。
優れた高空戦闘能力と高度運動性を備えた両機は、航空自衛隊が保有するF15J。
ジェットエンジンの排気穴を絞り、エンジン音が甲高い金切り音とへ変わった。
ブレーキを一気に解放されたF15は、尻を蹴り上げられた暴れ馬のように滑走路をかけ、アフターバーナーを吹かしながら空へと舞い上がった。
空域に到着したF15Jはすぐさま国籍不明機の姿を捉えた。
アンノウンは巨人機Tu-95と判別。レーダーをかいくぐるためか海面すれすれを飛んでいる。
「セイバー01これより撮影を開始する」
「DC了解」
「おかしい。機体形状が異なる」
「新型か?」
「もう一度横をパンしてくれ。再度撮影する」
「了解」
Tu-95はプロペラで飛ぶ大型機だなはずだ。巨大な翼にはプロペラが四つ。細長い機体は見た目に反して足が速く、ジェット機とも並走できる機体。
設計は古く、その速度は少し早い民間旅客機程度。爆弾槽には大量の爆弾や誘導弾頭を搭載できた。だがそれも鋭機と比べれば見劣りする。
機長は噛み砕くように記憶を思い起こす。Tu-95には航続距離が異様に長いという利点があった。燃料を大量に消費するジェットエンジンと違い、あちらはプロペラで燃費がいいのだ。だが、様子がおかしい。
4つあるはずの二重反転プロペラの1つが、焼け付いたように動きを止めていた。
主翼から漏れた燃料が霧となって機体からたなびいている。そして機体下側には、とても航空機とは思えない部品が組みつけられていた。
ボフッという音と共に機体の後部から黒い液体が零れ落ち納豆のように糸を引く。恐らくは、何かしらのトラブルを抱えていた。
機体の腹にへばりついた網状の物体は、心拍に合わせるように波打っている。その光景は寄生虫に食い荒らされる動物のよう。幾重にも伸びた触手が風にたなびいて枝垂桜のように形を変えて行く。だれか楽にしてやれ。そう言いたくなるような見た目だ。
機体を追い抜く間に、コックピットの中が見えた。
人というよりも、人だったというべき肉片がキャノピーにこびり付いていた。
「……これより無線通告を実施する」
「DC了解」
『貴機は日本領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ。』