第17章-5
翌日も風が強かった。欅は波うつように揺れている。鬼子母神の脇道を下り、彼は妙見堂の前で折れた。路地を曲がると、生け垣沿いに小柄な背中が見える。
「おい、それで隠れてるつもりか? こんな人気のないとこにそんな格好の馬鹿がいたら警察だってバレちまうぞ」
「うるさい。黙れ」
若造は目を細めた。蓮實淳は襟ぐりと袖が焦茶色で他は鮮やかな黄色のトレーナーといった格好をしてる。胸のところには猿が石でなにか叩いてる絵もプリントされていた。
「そんな格好の奴に言われたくない。っていうか、職務中に話しかけるな」
「どうしたんだ?」
顔を出そうとしたところを引っ張り戻し、若造は囁いた。
「だから、やめろって。田沼が来てんだよ。またなにかするつもりなんだ」
「なにかってのは?」
「わからないよ。でも、嫌がらせしようとしてんだろ。日中に動くのは初めてなんだ。様子を見なきゃならない」
「ふうん。でも、捕まえる気はないんだろ?」
「まあな。それは別の者が動いてる。ここの――」
そう言いながら若造は顎を突き出した。
「父親もそのうち逮捕されるはずだ」
「じゃ、俺が見てきてやるよ」
「は?」
「こんな格好のオマワリはいないだろ? いたら笑えるもんな。ってことで、ちょっと行ってくる」
引き戻そうとしても無駄だった。彼はすたすた歩き、すこし離れてから振り返った。作業着の男がドアの近くでしゃがんでる。――ふむ。あれが田沼渉か。いかにもだな。まさにコソ泥だ。ん? ああ、そういうことか。あいつ、鍵の在処を知ってるんだ。それで中に入ってんだな。
「おい、大変なことが起きてるぞ」
血相を変えてそう言うと、若造は走り出そうとした。
「いや、待て。この件は別で動いてる。俺たちは見張ることしかできない。そうだろ?」
「警察ごっこのつもりか? ほら、言えよ。なにがあった?」
「田沼は部屋に入ってったよ。ま、コソ泥なんだ、そういう習性なんだろ」
「はあ? 小林んとこに入ったっていうのか?」
「そうだ。この家の鍵はよくなくなってる。それも田沼の仕業ってことだろ。ここの親父は気づいてないか、気づいてても言えないのかもな。脛に傷持つ身ってやつなんだ、田沼が捕まりゃ自分も同じ目にあうってわかってんだろ」
首を伸ばし、若造はアパートを見つめた。外からでは変わった様子はない。
「山本さんに聴いたが、ここの子供は虐待されてるかもしれないんだろ?」
「ああ、わからないけどな。その可能性はある」
「酷い話だ。父親が犯罪者で、その上、暴力を振るってるなんて考えられない。しかも、こんなときに帰ってきたらどうなる?」
彼もアパートを見た。ただ、すぐに顔を引っ込めた。
「早いな」
「プロってのはそういうもんだ。それに何度も入ってるなら、どこになにがあるかわかってんだろ」
男は法明寺の方へ歩いていった。若造は腕を組み、低く唸ってる。
「こりゃ、早く片をつけるべきだな。子供を保護するためにもそうした方がいい」
「それも別で動いてるんだろ?」
「ん? ああ、そうだ」
「そっちにも父親が逮捕されるって話はいってるんだよな?」
「そりゃ、いってるだろ。昨日、北条とも話した。ここの父親は別件で捕まるだろうってな」
「そうか」
時計に目を落とし、彼は首を引いた。
「おっ、やべえな。遅刻しちまう。こんなとこで馬鹿と話してる時間はなかったんだ」
しかめられた顔は一瞬にして真っ赤になった。ただ、蓮實淳は走り出している。若造は生け垣を蹴った。




