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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第17章-1



【 17 】




 蓮實淳は首を伸ばしてる。しかし、戸が開いた瞬間に肩をすくめた。


「なんだよ、その顔は」


「なんだって言われてもな。いつものにがばしったいい男のつもりだ」


「はっ! お前さんがいい男なら俺はジャニーズに入れるぜ」


 笑いながら刑事は視線を下げた。デスクには茶トラの猫が横たわっている。


「カンナ、山もっちゃんはジャニーズに入りたいらしいぜ。どう思う?」


「どう思うって。――そうね、がんってみれば? 意外とウケるかもしれないわ。そこまでおじさんのアイドルっていないから」


 雑誌を放り、カンナは立ち上がった。――ほんと、顔のよろしくない人たちのこういう会話って下らない。まあ、北条さんはアイドル顔だけど。そう思いつつ振り向くと、うつむいた頭が見えた。っていうか、ハゲちゃってるじゃない。


「いやぁ、風が強いな。でっかい台風が来るみてえだもんな。まだはなれてるってのにこのザマだ」


 刑事はしきりに髪を押さえてる。だから、ハゲてるのはどうにもならないんだって。唇をゆがめながらカンナはとうちょうを見つめた。それから、ん? と思い、奥へ向かった。いくもうにいいハーブってあったっけ?


「で、どうなった?」


「ああ、だいしゅうかくだ。ほれ、これがリストな。そいで、このふうとうには写真も入ってる。まあ、こいつはちょっとばかりなんぶつだが、それでも前進したことに変わりない。ただな、他にわけのわからねえことが出てきちまったんだわ」


「わけのわからねえこと?」


「そうなんだよ。あの日、――ほれ、じいさんの殺された日だ。あんとき、アパートには被害者一人だったんだ。りんじんは出かけるときに声をかけてる。そうしてくれって頼まれてたんだってよ。『一緒に出かけたいから声をかけてくれ』ってな」


「それが?」


「そいつがなんだかみょうな話になっちまったんだ。隣人ってのは品川に行ったんだよ。こっちも相当の爺さんなんだが、昔の仲間が仕事を世話するって言ってきたみたいでよ、その日に先方と会うことになってたんだ。ところが、かしわの爺さんもその辺に行くってんで、じゃあ、一緒に出ようみたいな話になったらしいんだわ。ただ、直前になって、『他に用事ができたんで、済まないが一人で行ってくれ』って言われたんだってさ」


 あきらめたのか刑事は手を離した。薄い毛はさかっている。


「それのどこがわからないんだ? そういうことはあるだろ?」


「いや、こっからが妙なんだ。品川に行っても誰も来なかったってんだよ。ま、ようりょうの得ねえ話なんだが、そういうことだったらしい。で、念のため調べたら、その電話は柏木の爺さんが掛けてたってわかった」


「はあ? どういうことだ?」


「な? そうなるだろ?」


 デスクに手をつき、刑事は首を振った。顔はしかめられている。


「だからわけがわからねえんだよ。柏木の爺さんはにせ電話で隣人をり出したってことになる。でも、なんでだ? ちゅうまで一緒に行きたいってんで嘘の用事をこしらえたんならわかるよ。ま、そいでどうするつもりかはわからねえがな。ただ、一緒にも行かねえ。その上、その時間に自分は殺されてるときてる。ほんと意味がわからねえだろ?」


 しっらしながらキティは「さっきから『わからない、わからない』ってうるさいね。こりゃ、ほんとに刑事なんかい?」と言っている。彼は口をおおった。


「それで、警察はそれをどう見てんだ?」


「いや、あまり問題になってないんだよ。となりの爺さん――寺尾っていうんだがな、その爺さんはけはじめててな、話がくどくどしい上に行ったり来たりすんで持て余してるんだわ。ただ、柏木の爺さんが偽電話を掛けたのは事実なんだ」


「ふうん。隣人が声をかけたってのはとり調しらべしつで聴いたな。確か五時前くらいって言ってたはずだが、合ってるか?」


「ん?」


 手帳をって、山本刑事はうなずいた。


「ああ、そうだ。十六時五十分頃だ」


を出るまで誰にも会わなかったって言ってたんだよな?」


「そうだよ。よく憶えてたな」


「はっ! 一歩間違えりゃ殺人犯にされてたんだ、どんなことだって憶えてるよ。しかし、どういうことだ?」


 彼は腕を組んだ。――ここを出たのは五時半頃だったはずだ。路地に着いたのは四十五分くらい。その爺さんにくわすわけもないってことだな。


「ふむ。あの日、俺はしゃざいに行くはずだった。ま、なんの謝罪かは別にしてそうだったんだ。それを聴かれたくなかったってことかな? 警官も来ることになってたんだし、そんなとこを隣の爺さんに見られたくなかった。そう考えることはできるが、――いや、どうもに落ちないな」


「ああ、考えれば考えるほどわけがわからなくなるだろ? まるで自分が殺されるおぜんてしたみたいになっちまう。なんで柏木の爺さんはそんなことしたんだろう」


 二人はしばらく見つめあった。どちらの顔もぼうっとしてる。山本刑事は時計を見た。


「ま、これは後回しにしよう。とくに意味がないって可能性もある。ってことで、こいつを見てくれよ」


 リストを手にすると彼はまゆをひそめた。キティにしか聞こえない声でこう言っている。


「この小林衛ってのは、もしかしてペロ吉んとこのか?」


「小林衛だって? ま、名前は一緒だね。あの爺さんとちょくちょく会ってたようだから、そうかもしれないよ」


「ってことは、きょうはくされてたってことか。でも、どういうネタをつかまれてたんだ?」


「そりゃ、写真を見りゃわかるんじゃないかい?」


 風にガラス戸をきしんだ。けやきあおられてるのも聞こえてくる。刑事はのぞきこんできた。


「おい、どうしたんだ? なにがあった?」


「ん? 新たな発見があったんだよ。でも、とりあえずはその難物ってのを見ないと判断できないな。そっちに行くから見せてくれよ」


 カンナはおぼんを持ってきた。口許はほころんでる。


「はい、特別なお茶よ。セージ、メドゥスイート、フィーバーフュー、それに、レモンバームとカモミール。そちらのおじさまにはピッタリだと思うわ」


 山本刑事はうれしそうに顔をあげた。


「へえ、俺に合わせてつくってくれたんか。こりゃ、なににいいんだ?」


 もちろん育毛に決まってるじゃない。カンナははだの見える頭を見つめてる。でも、そんなこと言えない。


「えっと、そうね。けつりゅうそくしんかな? ほら、季節の変わり目って、いろいろとどこおるからへんつうかたりになるでしょ? そういうのにいいはずよ」


「ふうん、肩凝りねぇ。そりゃいいな。ここんとこずっと肩がパンパンなんだよ。おたくの先生と関わってから、マッサージに行っても取れねえんだ」


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