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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第2章―2


「どうです? 当たっていたでしょう?」


 しんちょうそうにうなずくのを待って、蓮實淳は布張りの洋書(ちなみに書いておくと、彼は英語など読めない。カンナの美的(しゅ)から置いてあるだけだ)のすきから一枚の紙を取り出した。幾つかの区分が記された料金表で、すべての価格に『~』がついている。一番高いものは『三万円~』となっていて、『占いの他、各種ご相談(もの、迷子のペットさがふくむ。ただし、成功(ほう)しゅうべっ)と書いてある。しかし、ちらと見ただけで彼女は顔をあげた。


「私、かくしてここに来たんですの。先生のことは聴いておりました。なんでもお見通しの蓮實先生。占いが当たるだけでなく、失くしたものまで見つけ出してしまうお方と」


 カンナのもとへもその声は聞こえていた。というか、カーテンの近くで聞き耳を立てていたのだ。――こんなにめられて得意げな顔してなきゃいいけど。


「ありがとうございます。でも、私はただの占い師で、なんらかの解決方法を持ってる人間じゃありません。失せ物(うん)(ぬん)というのは助手が勝手につけ足したもので、出来ない場合も多いんです」


「そうですの? でも、私の生徒さんが探していた指輪を見つけて下さったこともあると聴いてますわ」


「ああ――、そういうことがありましたね。彼女はあなたの生徒さんでしたか。料理教室の」


 女性は薄くほほんでいる。はじめてみせた落ち着いた表情だった。


「ほら、私が料理教室をしてるのもお当てになった」


 彼はデスクの上で手を組み合わせた。心の中ではおどりしてたものの、表面上はあくまでも落ち着いた様子をしている。これもカンナの指導のたまものだ。


「こう言うのもなんですが、私、お金には困っていませんの。それに、今日は時間もございます。ゆっくり見えたことを教えていただきたいですわ」


「いいでしょう。――まずは、そうですね。あなたはしんぼうづよく、あまり出しゃばったりしない性格ですね。言いたいことがあっても、その半分も口にしない。そうやって周囲と折りあいをつけてきた」


 風にガラス戸がきしんだ。すこし振り返るようにしながら、女性は「ええ、確かに。そういう部分はあると思います」と言った。


「先程も申しましたが、おおげさに物事をとらえたりはしない、ありのままを受け取ろうとする性格で、これまでは占いなどに頼ろうとしてこなかったはずです。ご両親もけんじつな方だったんでしょう。お二人ともくなっているが、そのくんとうを受けたあなたは地に足をつけた生き方を心がけてきた。派手なことは好きでなく、つましい生活を心がけてるし、昔から友人は多いものの、ほんとうに気をゆるせる人は少ない。ご主人はその数少ない一人になってくれた。あなた方は学生の頃からのつきあいで、かれこれ二十年ほどになる」


 両親の話が出ると目許はゆるんだ。しかし、徐々に真顔になっていった。


「ご主人は優しい方らしい。あなたは下のお子さんが小学校に入られてから料理教室をされることを思い立った。ご主人はそのためにかいちくをして下さった。そうですね?」


「ええ、ほんとうに優しい人です」


「しかし、あなたはご主人が浮気してると考えてますね? それも、若い女性と。これは、あなたから見えたことを元に感じ取ったもので、確定した事実ではないですよ。そして、仮に浮気をしていても、あなたはご主人を愛してる。こちらはどうも事実らしい。ですよね?」


 蓮實淳は長く息をいた。深いところまで見ると、そして、そのためにオンにしていたスイッチが切れかかると強いけんたいかんがあらわれ、目の前のものすら見えなくなっていくのだ。


「どうすればいいのでしょうか?」


「まずはお二人で話し合うのが一番だと思いますが」


しょうもなしに?」


「証拠?」


「私、ねんだけでそんなこと訊けません。できれば信頼したいんです。ただ、今はそれが難しくなってます。彼にはなにかかくしてることがある。私がそれを女性関係と考えてるというのは当たってますわ。でも、疑ってるだけではなにも言えません」


「どうしてです?」


「だって、それが事実でなかったら、彼を傷つけると思うんです。そんなこと私にはできません」


 蓮實淳は鼻先をたたきだした。これはくせで、考え事をしてるときにあらわれるものだ。


「私にどうしろと言うんです?」


「浮気をしてるかくしょうが欲しいんです。私の思い違いなら当然その方がいいんですが。――でも、先生もおっしゃってたでしょう。これは考えてみるべき問題だと。それに、もしその相手が特定できるなら、それもお願いしたいんです」


「相手を特定されて、どうするおつもりですか?」


「その人と話します。そして、別れてもらいます。これが事実であれば、後に引く気はございません」


「でも、私はただの占い師なんですよ。目の前にいる人のことなら見えるが、そうでなきゃなにもできない。ご主人を連れて来られたとしても、隠そうとしてることまでは見えないかもしれないんです。それに、浮気調査であればたんていの仕事です」


 蓮實淳は指先を向けた。彼女はあごを引き、まゆを寄せている。


「ですが、指輪は見つけられたのでしょう? あの後、教室はその話で持ちきりでした。私、それを聞いて、ここへ来たんです。それに、探偵などに相談する気はございません。失礼な物言いになるかもしれませんが、今の時間で先生のおひとがらをテストさせて頂いてたんですわ。信頼のおける方だと、そして、らしい力をお持ちの方だと信じます。ですから、お願いしたいんです。私が失くしてしまいそうなものを押しとどめて頂けるなら幾らでもお支払いいたします。どうかお力をお貸し下さい」


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