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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第15章-3


 二人の刑事は西陽のあたる中を歩いていた。やわらかいもうはつをそよがしてる方は疲れ果てている。き起こった感情をどのように処理すればいいかわからなかったのだ。それに、もうひとつ気にんでることがあった。


「さっきはって悪かったな。どうもあの男には俺もペースを乱されるようだ」


「いえ、こちらこそ済みませんでした」


 気づかれないようにわかぞうは頭をながめた。――ふうん。毛が薄いっての、そんなに気にしてたんだ。そういや、昨日もワカメ蕎麦(そば)食ってたな。


「とにかく仕切り直しだ。日を改めて行くぞ。今度こそあいつのペースに乗せられないようにするんだ」


 声に張りはなく、歩き方にもがなかった。若造はなにか言ってあげた方がいいと判断した。


「それにしても、あいつ、ほんとムカつきますね」


「ん? ああ、まあな。でも、占いの腕は確からしい」


「気にしてんすか? さっきのアレ」


 山本刑事は目を細めた。のうにはあの日の映像が浮かんでくる。――しゃりの雨、街灯のにじむ明かり。「母さんが死んだ」という父親の声だって聞こえてきた。その瞬間に俺は頭がおかしくなった。それで雨の中を飛び出した。怖かったんだ。当たり前の日常がり返されていた家の中にいるのが怖かった。――駄目だ。こんなことで気持ちを乱されちゃいけない。俺にはやるべき仕事があるんだ。それに、こいつだって気をつかってるようだしな。


「気にしちゃいないよ」


 無理につくった笑顔を向けると若造はこう言ってきた。


「大丈夫っすよ。山本さんはハゲてなんかないっす」


 は? ハゲてない? こいつが言ってたのは毛のことか。母親の事故じゃなく、毛のことだったのか。


「ほんと気にしなくっていいですって。全然ハゲてないですもん」


 追い打ちをかけるように若造はそう言った。――っていうか、あの男だって「ハゲ」とは言わなかった。「毛が薄くなってる」と言っただけだ。それをこいつはなんのためいもなく「ハゲ」と言う。ヤバい。このストレスは後を引きそうだ。


「どうしたんすか?」


「いや、」


 山本刑事は首を振り、足を早めた。


「なんでもない」





 同じ時間にカンナはこう訊いていた。


「ね、あのおじさんの親友って誰? 毛むくじゃらで茶色いって言ってたけど」


 蓮實淳はぼうっとしてる。けんたいかんおおわれていたのだ。


「聴いてる?」


「ん?」


「さっきのおじさんの親友って誰? って訊いたの」


「ああ、」


 立ち上がり、彼は奥へ向かった。


「クマだよ」


「クマ?」


「そう、クマだ。いぐるみのね。あの男は毎晩クマの縫いぐるみに話しかけてんだよ。それに、抱いて寝てもいる」


 首を引き、カンナは口をきつく閉じた。ただ、ほほゆがんでいく。おかしみがおそってきたのだ。ヤクザにしか見えないオッサンが毎晩クマに話しかけてるなんて。


「それってほんと? ――って、あなたが見たんだから本当よね」


 カンナは身体を「く」の字にして笑ってる。『腹がよじれる』って、こういうのよね。だって、私のお腹は捩れちゃってるもの。


「なんて呼んでるのかな? 『クマちゃん』とか? 『ね、クマちゃん、僕は今日(ごう)とう事件の犯人を捕まえたんだよ。えらい?』とか言ってんの?」


 彼も笑ってる。しかし、急に押しだまった。じりを押さえながらカンナは首を伸ばした。コーヒーは出来上がったようだ。


「どうしたの?」


「いや、ただな、そのクマは母親からもらったものなんだ。うんと小さい頃にね。それを考えると、」


「――うん、悲しくもあるわね」


 彼はとなりに座った。まえかがみになってガラスを見つめてる。西陽は通りをめ、その余りが店にもしていた。


「カンナ?」


「なに?」


「あのじいさんを殺したのはきょうはくされてた人間だと思うんだよ。つまりは大和田義雄やしぎぬまとおる、それに泉川のオッサン。まだ他にいるかもしれないけど、その辺になるんだろ」


「うん」


「それと、その身内も考えられるな」


「っていうと、大和田の奥さんとか鴫沼のお父さんとか?」


「ああ。それにな、もしかしたらひるの奥さんも」


「なんでよ。どうしてそんなふうに思うの? ――あっ、あの人も脅迫されてたってこと?」


「そうかもしれない。いや、確信はないんだが、そうも考えられる。ほら、嘘のしょうげんまでして助けてくれただろ? あれがやっぱり引っかかるんだよ。なんでそこまでする必要があったんだ? そう考えると、」


「待ってよ。確かにそこまでしてくれるなんて変だけど、あの人が殺人犯だとは考えられない。なんでそう思ったの? 他にも理由があるんでしょ?」


 目をつむり、彼は鼻に指をあてた。あごかたくなっている。


「嘘の証言をして、あの人は俺を助けた。それはその通りだ。俺にはアリバイができたんだからな。しかし、それは同時にあの人のアリバイをつくったことになる。そうだろ?」


「まあ、そうだけど」


「とにかく普通でないのは確かだ。きっと、あの人とかしわには俺たちの知らないつながりがあるんだよ。それを知る必要があるな」


 彼は目をあけた。カンナは納得いかないといった表情をしてる。――まあ、それは俺だって同じだ。できればこんなふうに考えたくない。しかし、だったら誰があの爺さんを殺したっていうんだ?


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