第15章-1
【 15 】
案の定――というのもなんだけど、幾日か後にカンナはこう訊かれた。
「な、そういえば、この前、あの若い警官に会ったって言ってたよな? そんときに悠太くん、ほら、ペロ吉の飼い主だよ、その子とも会ってたんだろ?」
やっぱり。――ううん、っていうか、やっぱりじゃない。どういうこと? この人はほんとに猫としゃべってんの?
「なんで知ってんのよ」
「ん? そりゃ、なんでもお見通しの占い師だからな。で、どうだった?」
「どうってのは?」
「その、元気がなかったとか、怪我してなかったか?」
「怪我? どうして怪我してる前提なのよ」
椅子に身体を預け、彼はしばらく口を閉じた。目からは光が抜け落ちている。
「なんで黙るの? 言ってよ。気になっちゃうじゃない」
額に指を添えながら彼は痣のことを話した。虐待されてるかもというのもだ。
「ふうん、そうだったんだ。まあ、放置されてるのは聴いてたけど、――でも、ごめんなさい。あまりちゃんと見てないの。その、北条さんが来て、それからはあまり話さなかったから」
「なるほど」
唇は歪んだ。――ま、あの警官が来たんじゃそうもなるか。どうせ、美しいお顔に見とれてたんだろ?
「なによ」
「いや、怪我してなきゃいいんだけどな」
「うーん、見た感じじゃ痣とかはなかったと思うけど、元気はなかったな。そう、あなたのこと占い師の先生だって言ったら、怯えたっていうか、固まっちゃったけど」
「なんで怯えるんだよ」
「殺人犯と思ったんじゃないの? テレビで見てたらそう思うかもしれないじゃない。でも、ここのところ変わってきたから、もう大丈夫でしょ」
あの日以降テレビはにわかに方向を変えはじめた。「驚異の」をつけることもなかったけど「占い師の男性」と伝えるようになったし、やんわりとではあったものの「警察の見込み捜査による冤罪の可能性」をにおわすこともあった。きっと埋めこまれた恐怖がそうさせたのだろう。
「でも、虐待されてるなら、どっかに相談した方がいいんじゃない?」
「そうだよな。前から気になってたんだけど、こっちはこっちでいろいろあったからな」
そう言ったきり、彼はまた口を閉じた。風が強く、ガラス戸はがたがた揺れている。――そういえば、あの後どうなったんだろ? 千春ちゃんもこの人もなにもなかったみたいにしてるけど。ま、いっか。私には恋人候補がいるんだから。ん? そうだ! 北条さんに相談してみようかな? あの子とも会ってるんだし、誠実そうだから真面目に取り上げてくれるかも。
カンナは口を覆った。ゆるむのを押さえたのだ。違うの。私はあくまでもあの子が心配なだけ。だから、別に北条さんじゃなくてもいいんだけど、他にこの辺のオマワリさんなんて知らないし。そっとデスクを窺うと彼は首を伸ばしてる。――え? 誰か来たの? お客さん? 顔を向けたカンナは眉をひそめた。この前来たオッサンよりさらにヤクザっぽいのが覗きこんでいる。その上、後ろには舎弟らしいのも控えていた。
「よっ、久しぶりだな。いや、それほどでもねえか」
「そうだな。久しぶりとまではいかないだろ」
片手をポケットに突っ込み、男は面白くもなさそうな顔を向けてきた。――なによ、そんなふうに見て。っていうか、ピストルとか持ってるんじゃないでしょうね。だって、いかにもそういう感じだもの。
「そういや、テレビで拝見させてもらってるぜ。ずいぶん評価が変わってきたじゃないか。転んでもただじゃ起きないってわけか? ま、そのぶん、こっちは悪者にされつつあるようだがな」
「そこのカンナが上手いことやってくれたんだよ。おかげで『自称』も取れたってわけさ。それに、あんたたちが悪者ってのはその通りだろ。そもそも存在自体が悪なんだよ」
え? やだ、私のせいにするつもり? じゃ、撃たれるのは私なの? 視線はポケットに釘付けになった。あそこにはピストルが――
「ほう、そうなのか? このお嬢さんがねぇ。なるほど」
もうやだぁ。このオッサン、絶対ヤクザよ。目つきが考えられないくらい悪いもの。ってことは、やっぱり撃たれちゃうの? 駄目、まだまだやりたいことあるんだから。秋物のコートだって買ったばかりで着てないのよ。
「山もっちゃん、よせよ。ビビってるだろ?」
は? 山もっちゃん? カンナは一瞬だけデスクの方を見た。彼は笑ってる。
「いや、わりいわりい。どうも刑事ってのは駄目だな。こう、普通にしてるつもりでも威圧感ってのが出ちまうんだ。お嬢さん、済まなかったな」
刑事なの? この人、刑事って言った? ――もう、だったら、早く言ってよ。カンナは唇を尖らせ、雑誌を放った。




