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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第14章-3


おどろいたわ。だって、戸を開けたら暗い顔した人たちがさいひらいてるじゃない。まるで、」


 そこまで言って千春は口を閉じた。手には《せんびき》の袋をげている。


「ま、いいわ。はい、これ。しゅっしょいわいよ」


「出所祝いって、俺はムショに行ってたんじゃないんだぜ」


「似たようなものでしょ。でも、顔色もいいし、元気そうじゃない。あなたのことだから、もっとひどい感じになってるかと思ってたけど」


 カンナはコーヒーをれに立った。――そういえば、ひるの奥さんは「それじゃ、あなたは困るでしょ」とか言ってたっけ。あのときは変なふうになっちゃったけど、別に困ることなんてこれっぽちもない。だって、私には関係無いことだもの。首を曲げるとマスコミの連中は寄り集まってる。彼も外を見ながらソファへ向かった。


「そういや、俺のこと心配して寝込んだらしいじゃないか。仕事まで休んだんだろ? ほんとめずらしいよな、仕事休むほど具合悪くなるなんて」


「え? なんのこと」


「カンナに聴いたぞ。俺のこと心配して倒れちまったって」


 手を止め、カンナは首を振った。――もう、ほんとデリカシーがないんだから。それに、そんなこと言ったら、こっちにとばっちりがきちゃうじゃない。溜息をついた瞬間に千春はこう言ってきた。


「ちょっとぉ、カンナちゃん、そんなこと言ったの? あれは別にそういうんじゃないの。ちょっと生理が重くて、気持ち悪くって、」


 はいはい、わかったから。ほんとめんくさいなぁ。素直に「そうなの。あなたが心配で寝込んじゃったの」とか言えばいいじゃない。それに、生理になったの昨日でしょ。


「だいいち、なんであなたを心配して寝込んだりするのよ。馬鹿なんじゃないの?」


ずかしがることないだろ? 別に悪いことじゃない。俺への深い愛がそうさせたってわけだ」


 カンナはふたたび溜息をついた。なんだかまいもするようだ。コーヒーは出来上がったけど、あっちに行きたくない。


「でもな、そんだけ心配してたんなら会いに来てくれりゃよかったんだよ。警察じゃひどあつかいで心細かったんだぞ」


 しぶ(しぶ)ながら運んでいくと千春の顔は真っ赤になってる。――ま、そうもなるわ。あんだけ心配させておいて、よくこんな態度でいられるものね、この馬鹿は。


「ね、食べましょうよ。ほら、すごく美味しそうよ」


 平常心、平常心――心の内でそうとなえながらカンナはなけなしの笑顔をつくった。ただ、二人はこっちを見ようともしない。


「なんで警察なんかに行かなきゃならないのよ。馬鹿にもほどがあるわ。そりゃ、心配はしたわよ。当たり前でしょ? あなた、たいされたのよ。それも人殺しで」


「違うね。俺は殺人で逮捕されたんじゃない。じゅうきょしんにゅうざいだ」


「そんなのどうだっていいわよ!」


 フォークをき出しながら千春はさけんだ。――うわっ、怖い。もうちょっとでさっちゃうじゃない。


「よくはないよ。殺人で逮捕はさすがにマズイだろ? それに俺はになったんだ。ぜん持ちみたいに言うなよ」


「でも、テレビじゃ人殺しで捕まったみたいに言ってたわよ。私、ほんとに二時間ドラマみたいって思ったわ。きょうはくじょうに変なビラ、それに殺人でしょ? まさかとは思ったけど、二時間ドラマ的なノリでそこまでやったのかもって考えもしたのよ。現実とドラマがごっちゃになって殺しちゃったのかってよ」


「はあ? なに言ってんだ? 俺が現実とドラマの区別もつかないくらい馬鹿ってことか?」


「だって、それくらい馬鹿でしょ?」


 彼もフォークを突き出してる。――もうやめてよ。それに、さっきからなに言ってんの? いつもこういうわけのわからないけんして別れてたわけ? だったら、二人とも相当の馬鹿だわ。


「いや、さすがにそこまで馬鹿じゃないぞ。現実とドラマの区別くらいつく」


「ううん、それくらい馬鹿よ。前にもあったでしょ。ほら、映画の後で気持ちが大きくなって、」


「ね、そういうのって二人きりのときにしてくれない?」


 カンナは立ち上がっていた。そして、「あれ?」と思った。どうしちゃったんだろ。なんかすごくいら(いら)してる。


「それか、私がどっか行けばいい?」


「え?」


 フォークをおろし、千春は顔を向けてきた。彼も姿せいを正してる。


「どうしたの? カンナちゃん」


「だって、」


 平常心、平常心――そう唱えてみたものの、涙はあふれてきた。


「ごめんなさい。私、ちょっと出てくる。お客さんが来たら電話して。すぐ戻るから」


 そう言って、カンナは外に出た。


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