第13章―5
その日はそのまま留置場へ戻された。
「九十九番、食事の時間だ」
「へい! ありがとうごぜえやす!」
担当官はうんざりした顔で去っていった。――っつーか、バリエーションを持たせろよ。がんもどきがシューマイに変わっただけじゃないか。ほんと飽き飽きしたわ。
食事が終わると、九時の消灯までは考える時間だ。ただ、頭はぼんやりしてる。腹が減ってるのだ。あんだけじゃ足りないんだよ。それに、すべてが薄味過ぎて、まるで糖尿病患者に出されるものみたいだもんな。しかも――と、股間を掻いた。シャワーは毎日使わせてくれ。
うん、こうなったら政治家を目指すしかないか。留置場改革を掲げて立候補するんだ。清潔さを保つため、シャワーは毎日使用できるようにする。それに、サウナもあるといいな。食事は高カロリーなもので、たまに焼肉や寿司も食える。もちろん、夕食にはビールだ。一缶だけでいいから飲みたい。――いや、そうじゃない。髪を掻きむしり、彼は腕を組んだ。留置場の快適さを望むってのはしばらくいる前提だもんな。こんなとこすぐ出てってやる。
「ふむ」
薄い布団に横たわり、彼は天井を見つめた。柏木伊久男は脅迫者だった。それが殺されたってなると犯人は――
「ま、単純に考えればそうなっちまうよな。でも、」
天井には様々な顔が浮かんでる。それだけじゃなく占いで見たものも浮かんだ。もやもやしたガスのような存在。ほんと、あの爺さんは何者なんだ? あらゆる行動がちぐはぐで、つかみどころがない。だいいち、怯えた振りして追い込もうとしてたなら、なぜ謝罪を求めた? いや、本当に謝罪を求めてたのか? なにか他に意図があったんじゃないか? じゃあ、それはなんだ? それはいったい――
気がつくと朝になっていた。ブザーが鳴り響き、見馴れた顔が覗きこんでくる。
「九十九番? ――ああ、いるな」
「へい! 旦那! 九十九番はおりますとも!」
変わり映えのない朝食、軽い運動、暇な時間とつづき、そのまま昼食になった。パッサパサのコッペパンに齧りつきながら彼はずっと考えている。他にやることがないのだ。――今日はお呼びがかからないな。どうしたっていうんだ? ま、取り調べなんて無いにこしたことないけど。そう思ってるところに声がかかった。
「九十九番、お呼びだ。行くぞ」
「へい! 九十九番はお供もうします!」
「っていうか、そういうのやめてよ。あんた、ふざけすぎだって」
「いえ、旦那! 九十九番はふざけてなどないであります!」
担当官は頭を振っている。それを見て、彼は笑った。
「ああ、来たな」
エビ茶は親指の爪で額を擦っていた。眉間には消え去ることのない皺が浮かんでいる。
「ま、これ以上会いたくもないんだが、しょうがない」
「奇遇だな。俺も同じこと思ってたよ」
椅子に座ると蓮實淳は脚を広げた。いつもであれば若いのは隅のデスクへ向かう。ただ、このときは立ったままだった。
「さて、しつこいようだが、昨日のつづきだ。しかし、新たな情報もある。被害者のパソコンからお前さんを中傷する文書が出てきた。そういうビラを見たって者もいるんだ。つまり、お前さん方はちゃんとしたトラブルを抱えてたってわけだ。勘違いなんかじゃない」
エビ茶は覗きこんできた。若いのも立ったまま顔を向けている。
「他には? 他にはなにか出てこなかったのか?」
「は?」
「あの爺さんのパソコンを調べたんだろ? そこになにか目新しいもんはなかったかって訊いてるんだ」
ピアノを弾くように彼はテーブルを叩いた。表情は変えていないものの、内心は違ってる。脅迫のネタも見つかったのか? その場合はどうしたらいい? そのように考えていたのだ。
「はっ! しゃべりたくなったようだな。お前さんは他になにかあるだろうと思ってるわけだ。中傷ビラの他にもあるはずだってな。あるいは、その元になってるものか?」
指は止まり、また動き出した。――ふむ。いまの感じじゃ、まだ知らないんだ。あの爺さんが脅迫者だったことにたどり着いてないんだろう。
「その元になってるものってのは? 山もっちゃん、曖昧なのはよくないぜ。それに、俺はそういう訊かれ方が嫌いなんだよ。もっとストレートに言ってくれ」
「いいだろう。じゃ、ストレートに言うよ。お前さんと被害者にはトラブルがあった。それは中傷ビラが示してる。じゃあ、なんで勘違いなんて言ったかだが、俺たちはこう考えてる。お前さんはあそこに書かれたようなことをしてんだよ。インチキで騙しては金を巻き上げてるんだ。だから、トラブルなんてなかった、勘違いだったんだってことにした。違うか?」
エビ茶はふたたび覗きこんできた。彼は鼻を鳴らしてる。
「じゃあ、そうだったとしよう。俺はインチキ占い師で、あの爺さんは正義の味方だってふうにな。でも、だったらなんで向こうも勘違いなんて言ったんだ?」
「それはお前さんに脅されてビビったからだろ。被害者は怯えてたって証言が多い。外にも出られないって言ってたそうだ」
「ちぐはぐだな」
「あん?」
「それじゃ、あまりにもちぐはぐだよ。考えてみろ。あんなのを貼りまくってた奴がそんなことでビビるか? それに、いつかはバレることじゃないか。そんなのはビラをつくってるときに気づいてるはずだ。違うか?」
「まあ、そうかもしれないが、事実として被害者は怯えてたんだ。それは聴き込みの結果わかってる」
「じゃあ、それもそういうことにしておこう。しかしな、山もっちゃん、まだ他にもあるぞ。そもそも怯えてた奴が謝罪を求めてくるってのも変だ。――だろ? あの爺さんは外にも出られないって言ってたんだよな? これは、あんたがいま言ったことだぜ。そうだろ?」
「ああ、そうだよ」
そこで彼は首を曲げた。若いのはごく近くにいる。これだって変だ。
「だからなんだっていうんだ?」
「爺さんは俺にビビって外に出られなくなったってことだよな? それなのに、なんで謝罪に来いなどと言ったんだ? どっちなんだよって思わないか? 会いたいのか会いたくないのかってな。まだ他にもあるぜ。どうしてビラなんだ? 爺さんだからか? でも、パソコンは持ってるんだよな? じゃあ、ビラを貼るよりネットにばら撒いた方がいいだろ? それだっておかしくないか?」




