第13章―3
「では、質問を変える」
エビ茶は煙草臭い息を吹きかけてきた。デカい面は間近にある。
「あの時間、お前さんはどこにいた? どこで、なにをしてたんだ?」
蓮實淳はわざとらしく欠伸をしてみせた。脚は大きくひらいてる。
「あのな、なにも変わってないぞ。順番を変えただけだろ? それだって毎日何度も訊かれてる」
「だったら、何度でもこたえろよ。ほら、どこでなにしてた?」
「っていうか、あの時間ってのはどの時間だよ。いや、その前に、山もっちゃん、俺にも休憩させてくれないか? あんたたちはちょこちょこ一服してっけど、俺はずっと座りっぱなしなんだ。ケツが痛くなってきたぞ」
「山もっちゃん?」
眉を寄せ、エビ茶は隅のデスクを見つめた。
「おい、コイツが言ってるのは俺のことか?」
「あんたは山本っていうんだろ? で、そっちの若造は谷村。ま、知ってるだろうけど、俺は蓮實っていうんだ。つまり、『山もっちゃん』なんて呼ばれるのはあんたしかいない」
若造呼ばわりされたのが気にくわなかったのだろう、隅の男も顔をしかめてる。エビ茶は肩をすくめた。
「まあ、いい。――で、ちゃんとこたえろ。どこにいた? そこでなにしてたんだ?」
「だから、山もっちゃん、それはいつの話だってんだよ」
「ああ、もう! うるさい奴だな! 十七時から十八時までの間だよ」
「つまり、その間にあの爺さんは殺されたってわけか?」
「まあ、そうなるな。十六時五十分頃に隣人が被害者と話してる。その後、隣人は出かけた。そんときは路地を出るまで誰にも会わなかったそうだ」
「山本さん、いいんすか? そんなこと言っちゃって」
「いいんだよ。こうでもしないとこの男は話さないだろ? ほれ、質問にこたえろ。お前さんはその時間どこにいた?」
彼は鼻に指をあてた。――店を出たのは五時二十分過ぎくらいだったはずだ。路地に着いたのは四十五分くらい。その前からあの辺には誰もいなかった。つまり、五時から五時四十五分までの間に殺されたってわけか。
「どうした? なにか新しい言い訳でも思いついたのか?」
鋭く目を向けるとエビ茶は怯んだような顔をした。指はまだ鼻にあたってる。――毒殺するのにどれくらいかかるかわからないが、数秒ってことはないだろう。ってことは、その四十五分の間に飲み物を用意し、そこに毒を仕込み、飲ませたってことになる。それから何分かして爺さんは死んだはずだ。そういや、このオッサンはこう言ってたな。「お前さんが殺したんだ。それを確認しに行ったんだよ」
「あの爺さんがいつ死んだかわかってるんだろ?」
「あん?」
「死亡推定時間ってやつだよ。二時間ドラマでよく言ってるだろ? そんなのも知らないのか?」
エビ茶はゆるやかに首を振った。胸元までびっしりと汗が浮かんでる。
「それがどうした?」
「死亡推定時間がはっきりしてて、毒の種類も特定できればいつ飲まされたかわかるだろ? その時間を教えてくれたら、そんときなにしてたか言ってやるよ」
若いのが立ち上がった。忌々しそうに目を向けている。
「なんだ? 若造。なにか言いたいことがあるのか? でも、残念ながらお前に発言権はないんだよ」
ガタンっと音がした。椅子が倒れたのだ。エビ茶はまた首を振った。
「そんなの教えるわけないだろ? はっ! このインチキ占い師が、ほんとつけあがりやがって! いいか? それはお前がこたえることなんだよ。ほら、言え! 何時に毒を盛った? どんな毒で、どこから手に入れた?」
蓮實淳は指先を向けた。顔は笑ってる。
「言ったろ? 発言権はないって。お前はパソコンに向かってりゃいいんだよ。そこでフリーセルでもしてろ。それにな、年長者に話しかけるときは敬語を使え。これは基本だぞ。人間の基本事項だ」
目眩がしたのだろう、若いのは一瞬ふらついた。それから、勢いよく駆け寄ってきた。押さえつけられなかったら殴りかかってきたかもしれない。
「谷村、よせって。ほんとどうしちまったんだ? この男と絡むといつものお前じゃなくなるみたいだな」
「だって、山本さん。コイツは、」
彼はだらしなく椅子に寄りかかってる。いいぞ、もっとやれ――そう思ってるのだ。そのとき、ノックの音が響いた。
「ほら、谷村、出ろよ。――まったく、こんなときに誰だ?」
ほどなくして若いのは戻ってきた。うんざりしきった顔でエビ茶に耳打ちしてる。
「どうした? 正義の味方でも来てくれたのか?」
「違うよ。しかし、お前さんの望んでた休憩時間になったようだ。接見だとよ。っていうか、コイツは接見禁止じゃなかったのか?」
伸びをして彼は立ち上がった。ただ、ドアの前から動こうとしない。
「なにしてる?」
「若造、開けろ。俺様が接見とやらに行く手伝いをさせてやる。ありがたく思えよ」
若いのはまたふらついた。顔は深刻に歪んでる。ただ、エビ茶が顎を突き出すと渋々といった表情で押し開けた。
「ごくろうさん」
ドアの閉まった後でなにかが蹴られた音がした。蓮實淳はニヤつきながら廊下を進んでいった。




