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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第12章―3


 その夜、ぞうみみずく公園のさいおうには普段あまり見られない光景が広がっていた。二十匹以上の猫が集まっていたのだ。寝そべったキティの前にはオチョとペロ吉がいる。他の猫たちは少し遠巻きに(なら)んでいた。


「で? いったいどういうわけで、あんたたちは持ち場をはなれたんだい?」


 二匹はしょうぜんうなれていた。オチョのまえあしはぶるぶると(ふる)えてる。


「あの、キティさん、ボクはちょっとお家に行かなくちゃならなくて、」


「どうしてだい?」


「それは――」


「はっ! わかってるよ。ここにいる全員が知ってる。いいかい? ペロ吉。あんたは皆に心配かけてるんだよ。それは、あんたがはっきり言わないからさ。自分一人でなんとかしようってたって、相手は人間なんだ。そんなの出来るわけないだろ?」


「はい、ごめんなさい」


「ふんっ! ――ま、そのことは後で話そう。だけど、ペロ吉、アタシはあの場所を離れるなって言ってたんだよ。ほんと、とんだことをしてくれたもんだよ」


「ごめんなさい、キティさん」


 口許を引きつらせつつキティは目をそらした。自然と溜息がれる。ただ、オチョをにらみつけると息の種類が変わった。


「それで、オチョ、あんたの方だけど?」


ねえさん、その、俺は――」


 オチョはしりみしていた。首は折れ、前を見ることすらできないようだ。


「あんたはなんで持ち場を離れたんだい? ペロ吉が出てったときにゃ、まだあそこにいたんだろ? この子はあんたがいるからってんで用事を済ましに行ったのさ。そうなんだろ? ペロ吉」


「はい。オチョさんは『俺にまかせとけって』――ごめんなさい、オチョさん」


「いいんだよ。コイツは痛い目にあわないとわからないようだからね。オチョ、この子はあんたと違って責任ってのを心得てるよ。ま、命令にしたがわなかったのは腹も立つが、それでもちゃんとした理由があってのことさ。それはわかってる。でも、あんたはどうなんだい?」


 近寄られるとオチョは前肢をぴんと張るようにした。上体はのけっている。圧力にこうしきれないのだ。


「アタシはねぇ、遠くへ行くからってんで、あんたに任せたんだよ。ほら、こたえな。なんで離れた?」


「――その、毎日毎日同じ場所で(じい)さんの見張りをしてて、とくに変わったことも起きないし、」


「それで?」


「あの日もなにも起きなくて、その――」


 顔がずいっと近づくと、オチョはあと退ずさった。そのときだみごえが上がった。ゴンザレスのものだ。


「はっきり言っちまいなよ。あんた、おうじょうぎわが悪いよ」


 キティは首を引き、息を整えた。目はゴンザレスの方へ向いている。


「キティさん、オチョはねぇ、またのぞきに行ってたのさ。ほら、の向こう側の家。あそこに大学生のお姉ちゃんがいるだろ? その子はいつも六時くらいに帰ってきて着替えるんだ。それを覗きに行ってたのさ。私と一緒のときだってそうだったんだからね」


 猫たちは顔を見合わせてる。ひそひそ声も聞こえていた。


「それにねぇ、りん相手を探してるときだってそうだったんだよ。ホテルを見張ってるときも私を置いて覗きに行ってたんだ」


 オチョはそっと首を曲げた。なにもそんな昔のことまで持ち出さなくていいだろ? といった顔つきだ。ただ、それはすぐもんに変わった。頭をまれ、耳にみつかれたからだった。




 それと同じ時間、蓮實淳はりゅうじょうにいた。とんにくるまっていたものの目をひらき、てんじょうを見つめている。明かりがちらちらして眠れなかったのだ。それに、腹も立っていた。あのオネエ、しっかりだましやがったな、という怒りだ。なにが「にん」だよ。着いてすぐたいじゃねえか。ほんとムカつく。


 ただ、その後で急に泣きたくもなった。――いや、そうなったら、あいつらの思うつぼだ。そのためにわざわざ一人部屋をあてがってくれたんだろうからな。目をつむってみても、やはり眠れない。彼はもう一度その日にあったことをおさらいしてみた。スーツに着替え、店を出たところからだ。


 あの若い警官がやって来て、かしわしゃざいしろと言った。六時前にで待ち合わせようと。それから、大和田義雄と話した。あのじいさんはやはりきょうはくしていた。それを解決したから、あんなビラをったわけだ。――ん? でも、待てよ。大和田義雄はりん関係をかいしょうはした。しかし、その事実はあったんだ。職場にバラすとでも言えば、脅迫しつづけることは出来たんじゃないか? それをなぜしなかった?


 起き上がると近づく音がした。息を止めるようにして彼は布団をかぶった。――また()()()()()が出てきたな。あの爺さんは何者だったんだ? しこたま金を持ってる人間に月一万だけ要求し、不倫関係が終わったらそれすらやめるなんて。それに、なぜそれをビラに書いた? いや、そもそもなんでビラなんだ?


 横になったまま彼は鼻に指をあてた。ひる嘉江の態度も気になる。あの爺さんはくなっただんおさなみだとか言ってたよな。そして、それを知ってるかと探りを入れてきた。占ったとき、それも見えてたんじゃないかとだ。なぜだ? あの家の問題こそ解決済みじゃないか。――いや、これも違うな。『悪霊』だ。柏木伊久男が『あくりょう』と名乗っていたのとごうする。そこになにかあるんだ。


 しだいに指ははなれていった。ろうを歩く音が気になりはしたものの彼は眠りに落ちていった。その日あったことを考えれば疲れてないわけがなかったのだ。


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