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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第11章―1


【 11 】




 この頃から彼らの店には変なお客さんがちらほらやって来るようになった。ビラを見たとは考えにくいものの、そうとしか思えないほどっかかってくる()だ。


「――で? それだけですか? もっと、こう、これは調べられないってのを言ってくれなきゃ信用できないわ。それとも、やっぱりインチキだからわからないの?」


 笑顔をしつつ蓮實淳はあごかたくさせた。しかし、これくらいのことで感情をあらわにできないのが接客業でもある。肩の力を抜き、おだやかな声を出した。


「ふむ。あなたは下半身に病気を持ってますね? それで大変悩まれてる。違いますか?」


 ひるんだ顔で女は首を引いた(Tシャツのそでがはち切れんばかりの、えらく太ったおばさんだった)。ただ、その程度なら調べられると思ったのだろう、肉厚な顔をずいっとき出してきた。


「ええ、まあそうですけど、他にもっとおどろくほどのこと言って下さいよ。『なんでもお見通しの先生』らしいこと。私しか知らないようなことですよ。――ま、インチキ占い師じゃわかりっこないかもしれませんが」


 一瞬だけ彼はてんじょうを見上げた。この女はいったいなんなんだ? どうしてこうまで突っかかってくる? ――そういや、少しばかりひるゆかりに似てるな。こういうタイプって体型まで似ちゃうのか?


「わかりました。じゃ、言いますよ。あなたには子供の頃からの悪いくせがある。いや、癖というのもどうかと思いますがね」


 女の目はしんこくに細まった。まるでいとくずみたいにだ。


「しばらくはしてなかったようだが、下半身の病気――イボですよね? それをわずらってから、また癖が出てきた。どれくらい前でしょう? 春先ですか? あなたはドラッグストアで、」


 突然立ち上がると、女はひどいぎょうそうにらみつけてきた。太い手を伸ばしたのはそれ以上言われたくなかったのだろう。しかし、表情を変えずに彼は話しつづけた。


「黄色い箱の薬――もちろん、痔の薬ですね。あなたはそれを万引きした。しかも、三つも。まあ、ずかしいのはわかりますが、万引きはいけませんね」


しょうはあるの?」


「証拠? イボ痔のですか? それとも万引きの?」


「もちろん万引きのよ!」


 だんむようにして女はわめいた。手はまだ伸ばしたままだ。


「ああ、そうですか。ま、証拠にはならないでしょうが、私には見えたんです。あなたが万引きしてるとこも、――その、鏡の前で大きくまたを開いて薬をってるとこもね」


「どうやってそんなことまで調べたの! 誰に訊いて回ったのよ!」


 指先を向け、彼は唇をゆがめた。声はあくまでも静かなものだ。


「調べたんじゃないですよ。あなたがイボ痔であることなど調べるはずもない。私は人のしりにそれほどきょうを持ってませんから」


「だから、そっちじゃないって言ってるでしょ!」


「はあ、これも万引きについてでしたか。さっきも言いましたが私は見たんです。あなたの経験をね。なにしろ、なんでもお見通しなもんで」


 走りまわってきたかのように女は息を上げている。顔にはびっしりと汗が浮きあがっていた。


「いいですか? 痔は病気です。薬は金を払って買うべきですね。万引きの方は犯罪なんですから、もうやめるべきでしょう。今までバレなかったからといって、これからもそうとは限りませんよ。それに、痔の薬を万引きして捕まることの方が何倍も恥ずかしい。違いますか?」


 鼻息荒く睨みつけると、女は出ていこうとした。


「ああ、ここではちゃんと払っていって下さいよ。たいしたことは占ってないが、求められたことはしましたからね」


「わかってるわ! 払います! だけど、ほんと気に入らない!」


「でも、当たってる。そうでしょ?」


 しばらくするとにがむしつぶしたような顔でカンナがのぞきこんできた。彼はそちらにも指を向けた。


「わかってる。言いたいことはわかるよ。でも、なにも言わないでくれ」


 ただ、これはまだマシな方だったのかもしれない。違う日におとずれた男(チェックのはんそでシャツに色のせたジーンズといった格好でカメラをぶら下げていた)は店に入るなりカンナをめまわすように見つめ、仕切りが閉じられてもずっとキョロキョロしていた。


「まずはあなたのことを見させて下さい。ご相談はそれからで。――いえ、ここは料金をいただきませんのでご安心を。私の見たことが違っていたら、そのままお帰りいただいてけっこうです」


 いつもの台詞せりふを言い終えた彼はペンダントヘッドを押しあてた。そして、すぐさま顔をしかめた。男の直近の()()は、この周辺をうろつきまわり聞き耳を立ててるというものだった。けやきの影からかくし撮りしてるのも見えた。つまりはカンナ目当ての変態ってわけだ。


「あの、正直言って、占いなんてどうでもいいんです」


 いろんな意味で疲れ果てていたところに男はそうささやいてきた。


「いや、お代は払いますよ。僕はタダでいい思いをしたいなんて思ってないですから」


「どういうことですか?」


「その、カンナさんっていうんですよね? あの子、どうですか?」


「どうっていうのは?」


 顔を突き出すと男はた笑みを浮かべた。こうふんのせいか、ひたいには濃い汗がき出ている。


「いえ、ほんとかわいいですよね。胸もむちゃくちゃ大きいし。どういうプレイが好きなんです? しばったりとかは好きですかね? 僕そういうのできるんですよ。もし先生さえよければ、今度三人でってのはどうです?」


 ありえないくらいの勢いで仕切りのカーテンが開け放たれた。男はなんらかの期待をこめた視線を向けたけど、カンナは無言でその腕を取り、外へ放り出した。


「あの、カンナ?」


「わかってる。でも、お願い。なにも言わないで」


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