第10章―1
【 10 】
今回のビラも特徴は変わらなかった。A4サイズの厚紙に印刷されていて、裏に粘着の強いものが付いている。内容にも大きな差はなく、事実めかした嘘が並べ立ててあった。今回は『秘蔵の掛け軸すり替え事件』が元ネタになってるようだ。
『インチキ占い師 蓮實淳は、さる大家の息子を唆し、累代伝わる秘蔵品を持ち出させては金に換えていた。しかし、当主に相談されると息子一人に罪を着させ、自分はそれを暴いた霊能者と嘯いたのである。息子は他にも弱みを握られていて、泣く泣く罪を被らざるを得なくなった――云々』
ただ、前回と異なった部分もあった。写真付きだったのだ。蓮實淳のはネットから拾ってきたもの、カンナのは隠し撮りされたのだろう、『Bitch!!』のTシャツを着たバストショットだった。脇にはこう書いてある。
『① 胸が大きいだけの馬鹿な助手はいまだ「淫売」を名乗っている(写真をご覧いただきたい)。顔も馬鹿丸出しであれば、その恥ずかしげもなく膨らませた胸も馬鹿丸出しである。
② 夜中になると蓮實淳と助手の乳繰り合ってる声が洩れ聞こえてくるそうだ。二人とも馬鹿だから声を抑えることもできないのだろう、かなり激しい交合の声は近所迷惑になっているらしい。ご興味のある方は是非お聞きに行っては如何だろうか』
ビラは日本女子大の近辺で二十枚見つかった。仮に前回と同じだけ貼られていたら、差分の十枚ほどは誰かに剥がされたのだろう。その中には読みもせず捨てられたものもあるかもしれない。ただ、読むために持ち去られたものもあるはずだ。そう考えると二人はうんざりした。
「どう思う?」
昼食の時間にカンナは訊いてきた。テーブルにはチーズドッグとコーヒー、重ねられたビラが置いてある。
「どう思うって、コレのことか?」
「この場合、他に訊くことある? もちろんコレのことよ」
コーヒーを啜りながら蓮實淳は目を細めた。唇は歪んでる。
「進化してるな。カラー写真付きだ」
「進化してる? ふざけないでよ! こんなの進化なんて言わないわ!」
鷲づかみにすると、カンナは手早く丸めて後ろへ放った。デジャヴみたいだな。彼はそう思った。何回これを繰り返さなきゃならないんだ?
「で、ちゃんとこたえて。どう思ってんの?」
「まあ、意外な展開ってとこかな。こりゃ、鴫沼のことだろ? これを書くとは思ってなかった」
「どういうことよ」
「ほら、前回は大和田のことだったろ? あれはもう解決してるから書いたもんだと思ったんだよ。脅迫できるネタがなくなったから腹いせ混じりにばら撒いたんじゃないかってね」
「ふうん。で?」
「実際にもあの爺さんは大和田義雄と会ってないんだ。まあ、すくなくとも俺のわかってる範囲内じゃ会ってない。ただ、鴫沼の馬鹿息子とは会ってるようだ。つまり、あの馬鹿にはまだ他にも弱みがあって脅迫されてると思ったんだよ」
「ふむ、ふむ。だから?」
蓮實淳は額に指を添えた。カンナはチーズドッグを頬張ってる。
「っていうか、ちょっとは考えようと思わないのか? さっきから『で?』とか『だから?』ばかりでさ」
「だって、考えるのはあなたの仕事でしょ。私は助手だもん。――で、だからどうだっていうのよ」
伸びたチーズを絡めるとカンナは指先を咥えた。そのまま口を尖らせている。頭を振りつつ彼は腕を組んだ。
「だからさ、こうやって書くのはおかしいと思わないか? これじゃ自ら脅迫のネタを放り出してるようなもんだ。いや、こうやってプレッシャーをあたえてるとも取れるよ。ただ、ビラをつくるたび手の内をさらすなんて妙だ」
「そう? それこそ、そのプレッシャーをあたえようとしてるってんでいいんじゃない? だって、こんなの見たら、あの馬鹿息子は嫌な気分になるでしょ。そのジジイはそうやって皆を嫌な気分にしようって魂胆なのよ」
「ただ、そうなると矛盾ができるように思えるんだよ。あのジジイの目的は俺たちの店を潰すことのはずだ。『廃業しろ』ってのが脅迫状の主目的だとしたらそうなるはずだろ? で、その動機は『商売の邪魔』だからってことになる。だったら、手の内をさらすのはなんでだ?」
「まあ、」
ソファにもたれかかるとカンナも腕を組んだ。
「そう言われるとそうも思えるわ。ほとんど全部が嘘なんだから、そこも嘘でいいわけよね。私のとこなんて完全に作ってるわけじゃない。だったら、大和田さんや鴫沼のことなんて書かずに作っちゃえばいいわけだし」
「そうなんだよ。あの爺さんにはちぐはぐなところがある。ビラにしてるのも変な話だし、動機にもちぐはぐさがある。この店を潰そうってのはその通りなんだろう。ただ、やり方がおかしいんだ。それが気になってな」
ビラを摘まみ上げ、彼はさっと目を通した。顎は自然と強張っていく。ただ、カンナについて書かれた部分を読んだときは口を覆った。『交合』って――と思ったのだ。こういうのって逆に生々しいな。それに、これはほんとよく撮れてる。胸を中心にして、その大きさがわかるアングルになってるもんな。ふうむ、素晴らしい。
「なに? なにかわかったことあるの?」
「いや、」
紙を放ると彼は鼻に指をあてた。いつもの考えてる姿勢だ。ただ、ともすると思考は変な方向へ走っていった。




