第7章―5
店を閉めた後で二人は見つめあった。テーブルにはキティが端然と座ってる。問題のものは隅に重ねられていた。
「どうだ? すこしは冷静になれたか?」
「私はいつだって冷静よ」
そう言いながらカンナは紙を摘まみ上げた。それはタブロイド紙のように作られていて、このような見出しがあった――『インチキ占い師 蓮實淳の真実!!』
「はっ! ほんと馬鹿げてる」
くちゃくちゃに丸め、カンナは背後に放った。唇は尖ってる。
「ちゃんと理解したいから口に出して読んでみて」
「読むのか?」
「そうよ。早く読んで」
彼は眉を寄せている。ただ、言われたとおりにした。
「ええと、『蓮實淳なるインチキ占い師は不正に取得した個人情報を元に善良な人々を騙し、高額の報酬を巻き上げている不届き者である。これは昔から詐欺まがいの占い師がやってきた手口であり、予約を入れた者を徹底的に調べ上げ、あたかも霊視をしたかのように装っているのである』」
途中から唇は歪んでいった。ある意味じゃ当たってる――そう思ったのだ。
「『これは実際にあった話だが、ある裕福な家庭の妻が相談しに行ったところ、インチキ占い師 蓮實淳は夫が不倫してるかもしれぬと不安を煽り、「調査名目」として金を毟り取ったのである。そのうえ問題を解決したと嘯いて、さらに高額な金を搾り取りまでした。その総額はなんと三十五万円! しかも、不倫相手というのは蓮實淳の知った者であり、夫はその女に唆されていたのだ。つまりはハニートラップを仕掛けた上でのインチキ芝居だったというわけだ』」
言葉が途切れると二人は目を合わせた。キティも顔をもたげてる。
「それって、大和田さん家のことよね?」
「だろうな。ま、それをベースにしてつくった与太話だけど」
「でも、おかしくない? 三十五万って、奥さんが払ったのと一緒よ」
「ああ、そこまで知ってるのは妙だ」
カンナは腕を組み、しばらく唸った。ただ、首を振ると目をつむった。
「ま、いいわ。つづきを読んで」
「って、これも読むのか?」
「いいから読んで」
深く息を吐き、彼は額を覆った。『インチキ占い師 蓮實淳のレイプ未遂疑惑?!』とタイトルのついた囲み記事もあったのだ。
「えっとな、『十代後半の女性は悪い霊を祓うなどと言われ、乱暴されかかったらしい。強い抵抗にあって断念したようだが、これは警察へ被害届を出される寸前までいき、高額の示談金を払うことで事なきを得たとの話だ。これを見ると女性が一人で蓮實淳に接触するのは危険と言えるだろう』――はっ! なんのこっちゃだな!」
喚いた後で彼は急に黙りこんだ。キティの「はあ?」という声を聴いたからだけど、わかりようもないカンナは覗きこんでいる。
「どうしたの?」
「ん? いや、なんでもないよ」
「まさか、そういうことしたんじゃないでしょうね」
「するわけないだろ。だいいち、店を開けてるときはいつも一緒じゃないか。そんなことしたくても、――いや、違った。そんなことできるわけないだろ?」
「だけど、休みの日だってあるわ。そんときならできるじゃない」
彼は弱々しく首を振っている。――なんか怪しい。顎を突き出し、さらに訊こうとしたところに「ナア!」という声が響いた。
「なによ、そんな声出して。このお方はなにが言いたいの?」
「ん?」
彼にだけはキティの呟きが聞こえてる。それはこういうものだった――「まったく、じゃれ合ってるんじゃないよ。話が進まないだろ」
「うん、なんだ、これについては後回しにしよう。ま、最初のが大和田さんのことだとしたら、まったく意味がないとも思えないけどな。――で、」
「で? その後は読まないの?」
「いや、これはちょっとな」
唇を歪めながらカンナは紙を取った。最も腹立たしい部分はポイントの小さな文字で追伸のように書かれてある。
「じゃ、私が読むわ。――えっと、『① インチキ占い師 蓮實淳は胸の大きさだけが自慢の馬鹿女を助手と名乗らせているが、実のところ、あの女は淫売であり、二人は毎晩二階で乳繰り合っているのである』」
明朗な声で読みあげていったものの顔は真っ赤になり、それからすこし青ざめた。目は彼に向かってる。
「『② その女が淫売であるのは一目瞭然である。なにしろ『Bitch』と書かれた服を着ているのだから。つまり、自ら淫売と認めているのである。そうでなければ『Bitch』の意味も知らない馬鹿かである。いずれにせよ、馬鹿か淫売のいずれかであるのは間違いないし、その両方である可能性も大である』」
読み終えるとカンナは紙を丸め、思いっきり放り投げた。瞳は充血していたけど涙は流さなかった。蓮實淳はしばらくその顔を見つめ、奥へ向かった。コーヒーを飲む必要があると思ったのだ。




