第5章―5
猫たちは予約時間が終わるのを見計らってやって来る。そのつど蓮實淳は缶詰をあけ、音をともなわない報告を受けた。
「おばはんは今日も《オークラ》で買い物してたぜ。色からするとナスとピーマンが入ってたんじゃないかな。ま、中華料理でもつくるんだろうよ」
「おじちゃんは庭でバナナ食べてたよ」
「お婆ちゃんのとこには同い年くらいのお爺ちゃんがよく来るの。裏のドアから入ってくるんだよ。いつも一時間くらいいるみたい」
「あのおばさん、鬼子母神に三十分くらい突っ立ってたのよ。なんだかぼうっとしちゃってさ。あれ見てたら寒気がしてきたわ」
「あそこの旦那は法明寺で鯛焼き食ってたぜ」
「婆さんはえらく粧しこんで出かけてったな。都電に乗ったから、どこに行ったかはわからないけどね」
ふうむ。こりゃ、なんとかなりそうにないかもな。蓮實淳はしゃがんだまま考えている。その後頭部を見つめ、カンナは首を振りまくっていた。
蛭子ゆかりからも電話がくる。生ゴミが置かれたら連絡するよう言っておいたのだ。悪霊は不定期にあらわれるようだった。月曜には鰺の頭、木曜には鶏手羽の骨といった具合にだ。
「一応お訊きしますが、昨日の夕食はなんでした?」
火曜に蓮實淳は訊いた。
「ハンバーグでしたよ。主人が好きですから」
金曜にも同じように訊くと、「お刺身でした。特売品があったので」との回答。
「なるほど。やはりまったく違う物が置かれてるってことですね」
「先生、それは言いましたよね? あれは家から出てるものじゃないんです」
わかってるって――そう思いながら蓮實淳は電話を切った。「一応」って言っただろ? 聴いてないんかよ、まったく。
けっきょく彼はほぼ手ぶらで蛭子家へ向かうことになった。まあ、それこそ一応の情報は得られた。後は実地でなんとかするしかないか。そう思ってる。
「ね、ほんとに悪霊を祓うつもり?」
鬼子母神の脇道を下りながらカンナは訊いてきた。裾の広がったデニムのスカートにスニーカー、白無地のTシャツにエメラルドグリーンのカーディガンといった格好で、普段より幾分かは落ち着いた服装といえる。つまりは訪問用なのだろう。
「ねえ、どうなのよ。悪霊と戦ったりするの? その、こう、エイッ! て感じに背中叩いたりとか」
「なんだよ、そのエイッ! てのは」
「だって、お祓いってそういうもんでしょ。あとは聖水を撒くとか。ほら、悪霊の憑いてる人がそれで口から緑色の塊を吐き出したりしてるじゃない」
「してるじゃないって言われてもな。それって、どこで誰が吐き出してるんだよ」
「映画とかでよ。この前、テレビでも『エクソシスト特集』ってのやってたし」
カンナは立ちどまった。表情には明らかな怯えがみえる。だから、ずっとしゃべりまくってるわけだ。
「っていうか、俺は聖水なんて持ってない。そんなの知ってるだろ?」
「まあ、そうだけど。でも、じゃあ、どうやってお祓いするの?」
蓮實淳は腕を組んだ。そうやって、からかう方策を練っているのだ。
「どういう方法でやるかは着いてからのお楽しみってとこかな。――ああ、そういや、君にお願いしたいことがあったんだ」
「お願い? どんなこと?」
「うん、祈りのダンスを踊って欲しいんだ。そうしないと悪霊は出てこないからな」
「祈りのダンス? なによ、それ。だって、そんなの教わってないし」
カンナは素っ頓狂な声をあげた。瞼は激しく瞬かれている。彼は笑った。
「冗談だよ。冗談」
「冗談? ほんと、あなたってたちが悪い」
膨らんだ頬を見て、彼はさらに笑った。ただ、すぐ真剣そうな表情になった。
「君はいつも通りでいい。とにかく、俺の横にいてくれ」
そう言われるとカンナはうつむいた。それからはなにも言わなくなった。




