表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失踪する猫  作者: 佐藤清春
26/127

第5章―1


 【 5 】




 この頃から彼らの店は急激に、そして非常にいそがしくなっていった。


 ときにはお客さんがバッティングして、いずれかを帰さなければならない場合もあった(深い悩みを持つ人はせまい空間に他の者がいるのを嫌うのだ)。そこでカンナは予約制をとることにした。夕方は学生のために空けておくけど、それ以外は基本予約のみにしたのだ。はじめたばかりはどうなることかと思っていたものの、結果、嘘のようにわくまっていった。


 これによって良いことが二つもたらされた。一つははくがついたことだ。簡単には占ってもらえないとなると、それだけで「つまりは当たるってこと?」と思われるようになるのだ。まあ、同時に期待値も上がったけど、そこはもう一つの良いことがフォローしてくれた。予約者は事前に住所や氏名をげるので、きんりんの者であれば猫たちにある程度の情報を仕入れてもらうこともできる。顔を見た瞬間に「あなたは三日前にケンタッキーフライドチキンを食べましたね」と言うだけでおそれをなすというわけだ。主導権をにぎってしまえば、もうこっちのものだ。うたがってかかるたちの人間や見せたくないことを多くかかえた者(だったら占いになんて来なきゃいいのに、と蓮實淳は思う)も心をひらかずにいられない。それで、さらにめいせいが上がる。予約は増え、カンナはてんてこいになり、しかし、ずっと笑顔をやさなかった。


「あらあら、すごいことになってるじゃない」


 じんちょうの咲く日曜にやってきた千春はちょう簿を見ながら口をすぼめた。


「占い師って、こんなにもうかるものなの?」


 蓮實淳は疲れた顔をつくりこんでソファにうずまっていた。いや、しゃうまのように働かされて、ほんとうに疲れきっていたのだ。誰も彼がどのように占ってるか知らない。そうなると、その疲労がいかなるものかも知らないわけだ。


「ちょっとせた?」


「ああ、たぶんね。そうとう痩せたと思う」


「でも、飲み屋のときはまかないを馬鹿みたいに食べて、見た目がよろしくないほど太ってたもの、かえって良かったんじゃない?」


 馬鹿みたいには食べてなかったし、見た目もよろしくないほど太ってなかったはず――そう思いはしたものの、彼は首を振るだけにしておいた。


「それでお店(つぶ)したんじゃないでしょうね」


 カンナはコーヒーをつくっていた。しっかりられた豆をき、しんちょうらしてる。千春が《エーグル ドゥース》でケーキを買ってきてくれたのだ。


「うるさいなぁ。その話はよせよ。けっこう気にんでるんだぞ」


「あら、ごめんなさい。でも、これは事実だから変えようがないわ。違う?」


 声のする方へ顔を向け、千春は目を細めた。彼と別れて一年ほどつ。それまでは泣きつかれて仕方なくよりを戻すというパターンが出来上がっていた。それを待ってるつもりもなかったけど、なんとなく気に入らない。だから、首を伸ばしてこう言ってみた。


「ね、カンナちゃん、()()()めいわくかけてない? 最近、ここのこと話さないじゃない。はじめのうちはいろいろ聴かされたけど、まったくしなくなったでしょ」


 この人? カンナは手を止めた。そこだけみょうに強調してたみたい。首を曲げると、千春はけんしわを寄せている。


「だって、話す時間自体ないじゃない。千春ちゃんって、いつも朝早くから遅くまで働いてるんだもん。土日は私がここに来てるしね」


 笑顔をつくりこんでカンナはコーヒーを運んだ。どちらかというと営業用の表情だ。


「でも、()()()って口も態度も悪いし、だらしないとこがあるでしょ。今だって疲れた振りしてかまってもらおうとしてんのよ。こういうのにつきあってると切りないからね。昔っからそうだったもの」


 あえて蓮實淳のとなりに腰かけ、カンナは正面から見すえた。


「昔はそうだったんでしょうけど、()()()、今はけっこうちゃんとした感じになってるのよ。それに、私と二人きりのときはこうじゃないもの。ね? そうでしょ?」


「あ? ああ、どうだろう? そうなのかな」


「そうよ。絶対そう」


「そうなの? ふうん」


 千春とカンナは笑顔のまま固まっている。肩をすぼめて蓮實淳はケーキを食べた。いずれにしたってバレてるんだ、疲れたアピールなんてやめよう――そう思いながらだ。



 しばらくはかくこのように日々が過ぎていった。朝の予約をこなし、軽めの食事をとり、昼のお客さんを帰して一息つくと、もう夕方になっている。学生たちがやって来て、蓮實淳は恋愛相談に乗る。学生と入れ替わりで夜の予約客が来て、それが終わると店じまいだ。土曜か日曜には千春が顔を出し、カンナと「この人は昔はああだった」だの、「でも、今のこの人はこうだ」と言いあった。そのすきうように猫たちがあらわれ、『ニャンミー マグロ味』を食べていく。カンナは(キティ以外の)猫にネズミのオモチャをけしかけ、ひとしきり遊んだ。


 予約客の大半はしげもなく大金を払っていった。それでも見合うものを受け取ったと思うのだろう、たいていは満足そうに帰った。中には涙を流し、感謝のべんを述べる者もいる。そういうお客さんが帰る度、カンナはたたえた。ことあるごとに持ち上げ、浮気調査なんかをさせようとかくさくしてるのだ。


「よっ! さすがはなんでもお見通し!」


「あのな、そういうのやめてくれないか?」


 あんたんたる表情で首を振っていたものの、彼は地に足がつかない気分にさせられた。なにか大きなきっかけがあれば心につばさが生え、あてのない方へ飛んで行きそうだった。


 しかし、そうと気づかなかっただけで『大きなきっかけ』はすでにあたえられていた。なおかつ、この後に持ち込まれた相談もそれをけいせいするひとつのよういんになった。運命というのは、このように、たいてい気づかぬうちに人を巻き込んでいくものなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ