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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第3章―4


 話し終えると気分は落ち着いてきた。これはただ単に誰かと話しただけでは得られなかったもの――相手によるものだった。茶トラはしんぼうづよく、そして、じょうにならない程度の優しさを保ちつつ、ときにはきびしいげきれいまじえる良き話し相手になってくれた。彼は猫と話してるのさえ忘れかけていた。姉や母親に悩みを打ち明けた気分になっていたのだ。


 しかし、茶トラの方は彼を息子や弟のように思って()()()()。《かわいい人》と思っていたのだ。どうにもこうにも駄目な男というのは、ある種の女性にはかわいく思えるらしい。普段の人間嫌いをわき退け、多少うっとりした目で見つめていた。過去の記憶もそうなる後押しをしたのだろう、この人は特別なんだ――などと思っていた。まあ、()()なのは違いない。なにしろ猫としゃべれるのだから。


「気は済んだのかい?」


「ああ、だいぶ楽になった。ありがとう。それに、猫としゃべったのにも、こう、なんていうか、違和感はなくなった」


「そうかい。そいつは良かったね。おかしくなりそうにもないかい?」


「うん、たぶん大丈夫だ。もう帰るよ。ほんとにありがとう」


 猫は顔をあげ「ニャア」と鳴いた。彼は薄く笑ってる。


「また会ってくれるかな?」


「気が向いたらね」


 ゆっくり近づく影を見て、茶トラはどうすればいいか迷った。でも、感情にしたがった。手が伸ばされ、ひたいでられる。――こんなふうに人間にれさせるのは何年振りだろう?


「君、なんて名前だ?」


「まずは自分から名乗りなよ」


「ああ、そうだったな。俺は蓮實淳っていうんだ。君は?」


 すっと身を引くと、猫はしげみに入っていった。しっれている。


「アタシの名前かい? 幾つもあるんだよ。あんたと変わらずいろいろあった方だからね。でも、――そうだね、最近じゃキティって呼ばれることが多いね」


「わかった、キティ。また会おう」


 そう言ってる間に猫は身をひるがえし、暗がりの奥へ消えていった。



 それから三日間、彼は高熱を出して寝込んだ。薄寒い公園で恐怖による汗をかいた上に一時間以上も話しこんでいたのだ、そうなって当然だろう。


 熱がおさまった後でしばし考えた。――ん? 猫としゃべってたように思えるけど、あれってほんとうのことか? とだ。まあ、それだって当然だろう。三十過ぎの男がそんなのを素直に信じすぎるのも問題だ。しかし、サイドチェストにはペンダントが置いてある。それを手に取ると、じんわりした温かみが感じられた。


 彼はマンションを出た。熱が出てからというのもマトモなものを食べてなかったから、《大倉》あたりでてんどんでも食べようと考えたのだ。まだ少し重たい頭をかかえ、ばしの方へ向かうと、その辺りにも何匹か猫がいる。彼は立ちどまり、フェンスに寄りかかった。


「――でさ、えきさんとこの息子なんだけど、」


「ああ、あの四十過ぎて独身のデブか?」


「いや、それがさ、こないだ結婚したんだよ。それも、けっこう美人の奥さんでさ」


「えっ、マジか。そんじゃ今度見にいってくっかな。――ああ、でも、となりやまむろだったな。あそこの子供はたちが悪いからな。俺のこと見るとぼうを持って追っかけてくんだ」


 彼は比較的落ち着いて会話を聞いていた。ふむ、やっぱり俺は猫としゃべってたんだな――などと考えながらだ。ぬすみ聞きされてるなんて考えるわけもなく猫たちは話しつづけている。


「うん、アイツはとことん質が悪い。誰か注意してくれりゃいいんだよ。俺たちに暴力振るうなんてのは下の下だ。そのうち、もっとひどいことすっかもしれないしな」


「ま、親もあんな感じだしな。あそこの父親はなにやってんだ? 腕にでっかいりもんして、日中もずっと家にいるだろ? あんなんじゃ子供も荒れるわ」


「だよな? だけど、そうなると学校の方に言うしかないってことか。ほんと誰か言ってくんないかな。危なくって佐伯んとこの奥さん見にも行けないし」


 うん、ここはひとつ俺が動いてやるか。フェンスからはなれると猫は顔をあげた。目を細め、様子をうかがってる。


「――ええと、なんだ。その山室って家はどこにあるんだ? 俺が話しといてやるよ。いや、まあ、学校にだけどな」


 突然話しかけられた猫たちの反応は気の毒になるくらいだった。きょうこうをきたしたのだろう、顔は固まり、その後で目がぐるぐる回り、舌が飛び出した。そうして、いちもくさんに逃げ出した。こうさけんでる猫もいた。


「うわあ! 変なのが来たぁ! 人間っぽい猫か、猫っぽい人間だぁ!」


 おいおい、と思いはしたものの、考えてみれば仕方ないことなのかもしれない。俺だって突然象とかに話しかけられたら逃げるよな。それから、自分をながめた。――猫っぽい人間?


 それ以降も彼はあたりかまわず話しかけ、いつだって同じ反応をされることになった。それを何回か重ねた末にやっとキティの特別さに思いいたった。あの茶トラは自分でそうと言っていたように様々な経験を積み、パニックになってもおかしくないたいに対応できたのだ。ふむ、なるほどね、とだ。


 そんなこと考えてるひまがあるなら仕事を探せばいいのにと思われるかもしれないけど、彼はこの一連のことからなにごとかを学んではいた。そして、それが結果的に占い師の道へ向かわせることになる。運命というのは実に不思議なものなのだ。


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