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失踪する猫  作者: 佐藤清春
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第3章―2


「コンナニラシイ品物バカリナノニ、ダンカレナイノ? ソレ、モッタイナイヨ! 山崎サン、イッパイ買ッテクレル。旦那モ何カ買ッテヨ。――アア、恋人ニプレゼント! 絶対、喜バレルネ! モテモテ。ソレデ山崎サン、腰痛メタネ」


「でも、欲しいものがないんだ。悪いけど、ないんだ」


 そうこたえてから、ん? と思った。しゃべり方がすこしうつったな。


「ホラ、言ウデショウ? エエト、ウオゴコロアレバミズゴコロッテ。日本ニハ良イ言葉ガ沢山アルモノヨ!」


 つばを飛ばしながら男は細長い箱を取り出している。顔つきは少しばかり真剣そうなものになっていった。


「モウ、旦那ニハカナワナイヨ! ワタシ、トッテオキヲ出スヨ。ビックリスルコト、ウケアウヨ!」


 そこには似たような造りのペンダントヘッドが三つならんでいた。六角形の角を丸くしたような形で、全体をガラス様のものがおおっている。中心には細かなようと見たことのない文字のきざまれた金属のへんが収まり、その下には動物のシルエットがあった。蛇に猫、それと犬だ。


「旦那、コレヲ見ラレルナンテ、トテモ運ガイイヨ! ラッキーボーイネェ、ヒューッ!」


「ああ、これは、」


 そう言いつつ彼ものぞきこんだ。


「うん。いい物っぽいな」


「ソウヨ! コレラハ、トテモ良イ物! ワタシノトッテオキネ! コレヲ出スコトニナルトハ思ッテナカッタヨ! コレ、女ノ子ニアゲル。女ノ子、マタヲ開ク。腰ヲ痛メナイヨウニスルノ大変ネ!」


 蓮實淳は蛇の描かれてるものを手に取った。見た目のわりには軽い。ただ、じっと見つめていると胸がざわざわするような気がした。


「この模様に意味はあるのか? 干支えととか。――いや、干支に猫はいないか」


「コレ? コノ動物ノコト? アア、コレハネェ、」


 男は言いよどんだ。金色の瞳はにぶく光ったようにみえる。


「ソウ、コレハネ、蛇ト話セルヨウニナル物ネ」


「蛇と話せる?」


「ソウヨ。ソシテ、コッチハ猫ト話セルノ。言ウマデモナイケド、コッチハ犬トネ」


「は? 猫? 犬? 話せる?」


「ウン、コレハネ、ボウ世界的組織ガ、ヤッキニナッテ探シテルイッぴんヨ。世界中ニ十二個アル内ノ三ツネ。見テヨ、コレ――」


 男は中心にある金属片を指した。


「ソロモン王ノ指輪、ソノカケナノネ。知ッテル? ソロモン王。ダイナル、ユダヤノ王。彼ハ、コノ指輪ノオカゲデ動物ト話セ、悪魔ヲモシタガエタノヨ。ダケド、イツシカ指輪ハ失ワレ、十二個ノ欠片トシテ発見サレタノ。ソレヲ十字軍ガ回収シ、テンプル騎士団ガ、コノヨウナ形ニシタッテワケ。ドウ? スゴイデショ?」


 こうふんしたようでまた唾が降りかかってきた。それにもうんざりしたけど、顔をぬぐうと蓮實淳は腕を組んだ。


「でも、蛇と話してなにになるっていうんだ? 猫や犬だって同じだ」


 男の興奮は一瞬にして冷めたようだった。おおげさに肩をすくめ、頭を振っている。


「ソレヨ、問題ハソレナノヨ。ワタシモ同意見ネ」


「あんたはこれでしゃべったことあるのか? その、犬や猫と。まあ、蛇とでもいいけど」


 ああ馬鹿馬鹿しいと思いながら、蓮實淳は犬のも猫のも手に取ってみた。なんとはなしに持ったときの印象が違う。蛇のはざわざわした。犬のはひんやりした(彼は幼少期にロバほどの大きい犬にまれたことがあって、それ以来犬が苦手だった。そのせいかな? と思った)。猫のはじゃっかんだけ温かみをおぼえた。


「ソンナシュナイネ。ヒマモナイノヨ。犬ナンカト話シテ、ナニニナルノ? 一文ノ得ニモナラナイネ」


 らくたんした声を出すと、男は唇をねじらせた。瞳からは光が失われ、れてるようにみえる。


「ワタシ、アワレナ、シガナイギョウショウニンネ。セッカク遠クマデ来テ、シコタマ買ッテモラエルト思ッタノニ、山崎サン、女ノ子ト遊ビ過ギテ腰痛メタネ。ワタシ、苦労シテルノニ、山崎サン、イイ思イシテル。コレハ現実ネ。ワタシ、ソノ現実、悲シイヨ」


 泣き落とし作戦に切り替えやがったな――そう思ったものの、男の落胆振りは哀れをさそうものだった。彼はこういうのにも弱い。小心者だからだろうけど、すぐ同情してしまうのだ。


「わかった。なにか買ってやるよ。これいくらするんだ?」


 最後に手にした猫のペンダントヘッドをぶら下げながら、蓮實淳は溜息をらした。


「百万円ネ」


「は? 百万? おい、じょうだんだろ?」


「商売ニ冗談ハナイヨ。コレハ百万円ノ値打チガアル物ネ」


「だって、猫とか犬としゃべったって意味がないって言ってたろ?」


「ソデレモ百万円ネ」


「じゃ、やっぱり要らない」


 彼は両手を大きく広げてみせた。なんだかりまで外国人風になったみたいだ。なぞの男は笑顔をくずさず、肩に手を乗せてきた。


「オーケー! デハ、八十万デイイヨ。ソレデ手ヲ打トウ」


「そんな金ないよ。要らない。高すぎるよ」


「ヒューッ! 旦那ハ相当ノヤリ手ネ。ショウガナイ、五十万ヨ」


「それも無理だって。そんな高いの要らないの」


「オウ! 旦那ァ、一度買ウッテ言ッタデショ。武士ニ二言ハ無イ。コレモ日本ノ良イ言葉ヨ」


 っていうか、俺は武士じゃないし。彼はきんにある顔を見つめた。考えてみれば百万だったのが五十万まで下がった。コイツは絶対ボッてる。それにずっと嘘ばっかついてたもんな。クレオパトラ? ポンパドール夫人? どうせソロモン王だって嘘っぱちだろ?


 謎の男は肩に手を乗せたまま固まっている。ひたいにあらわれたしわりつけられたように動かなかった。そのままの顔でささやくように言ってきた。


「旦那、幾ラナラ払エルノヨ?」


「まあ、五千円ってとこだな」


 彼も囁くようにこたえた。そう言えばあきらめて帰るだろうと思っていたのだ。だって、百万っていってたのを五千円って、とだ。ただ、さいには六千円しか入ってなかった。ほんとうに正直なところを提示したのだ。男の皺はぴくぴくと動いた。肩にはまだ手が乗せられている。――キレたりされたら嫌だな。たちが悪そうだもんな、コイツ。


 しかし、意外なことに顔は笑ったものへ変わっていった。


「オーケー! デハ、五千円ネ!」


 マジかよ。そう思った瞬間、ひざがかくんと折れる気がした。男は油紙みたいなのにペンダントヘッドをくるみ、それを押しやっている。それから、手のひらを見せてきた。


「毎度! イヤァ、旦那ニハカナワナイヨ! スゴクイイ買イ物シタネ! トコロデ、ソレヲツルスノニ良イチェーンモアルヨ。ドウセナラ、ソレモ一緒ニドウ? オ安クシトクヨ」


 ニヤついた顔を見ながら、彼は弱く首を振った。


「一応だけ訊くけど、それ、いくらだ?」


「ソウネ! 二十万デイイヨ!」


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