表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失踪する猫  作者: 佐藤清春
10/127

第2章―3


 蓮實淳は目をつむった。この話を受けた場合どうすればいいか悩みながらだ。と同時に、この直近の展開も考えた――それはすぐにわかった。立ち聞きしていたカンナがあらわれる。きっと、お茶を持ってくるだろう。そして、なにくわぬ顔で「私からもお願いします。この方の力になってあげて下さい」などと言ってくるはずだ。人の苦労も知らないで。


 実際にもカンナはハーブティを持ってきた。引きつった顔を見ても、そんなのはお構いなしだった。


「どうぞお飲みになって下さい。これは不安解消のお茶、パッションフラワー、カモミール、レモンバームですよ」


 相談者はしばし視線をただよわせた。しかし、湯気のたったカップを見ると、口許だけで笑みをあらわした。


「ありがとうございます」


「いえいえ。きっと、今のお客様にぴったりのお茶だと思いますよ」


 おぼんを抱くように持ちながらカンナは笑顔をみせている。色味のとぼしい空間にいたので、そのふくそうは目に痛いくらいだった。それと、現実が継続していたのを思い出させることにもなった。女性は肩の力を抜き、カップに口をつけた。


「あら、美味しい」


「でしょう? 必要なものって美味しく感じるものですよね」


 あくまでも居座ろうとするカンナを無視し(とはいっても、そうできなくなるのはわかっていたけれど)、蓮實淳は前を向いた。


「実際問題として、あなたの力になれない可能性が高いです。確かに指輪を見つけたり、迷子のペットを捜したことはあります。しかし、誰ともわからない人間を特定するのは無理かもしれない。正直いって、そういうのはやったことないんですよ」


「でも、」


 カップを置くと女性は顔をき出した。


「出来ないとも限らないんじゃないですか? 先生、私、他に頼りにできる方がございませんの。先程(おっしゃ)っていたように、私には気のゆるせる友人もおりません。夫だけがそういう存在だったんです。だけど――」


 カンナは口出ししたくてしょうがないといった顔つきをしてる。そして、言葉がれると、こう言ってきた。内容だって考えていたのとまったく同じだった。


「私からもお願いします。この方の力になって下さい、先生」


 お盆を抱く腕に力をこめ、カンナはしんそここの人のためを思ってるといった表情をつくった。素人しろうと劇団並みの演技力だ。しかし、女性は頼もしい仲間ができたというように見つめてる。それに意を強くしたのか、カンナはこうも言った。


「この方にとってご主人がどんなに大切な存在か、よくわかるでしょう? だって、なんでもお見通しの蓮實先生なんですもの。それに、ここまで乗りかかったんだから、最後まで全部見て差し上げましょうよ。この方を苦しめる浮気相手を見つけてあげるの」


 言い切ってから、ん? と思ったのだろう、カンナは唇をすぼめ、「いえ、聞くつもりはなかったんですけど、その、ところどころ聞こえてきたので」とつけ足した。蓮實淳はあんたんたる顔つきでてんじょうあおいでる。カンナはさらにたたみかけてきた。


「やってみる先から出来ないかもって考えるのはよくないわ。不可能に挑戦するのも時には必要でしょ。それに、相談に来られた方の問題を解決する。それこそ占い師(みょう)きるってものだわ」


 占い師冥利ってなんだよ――そう思いもしたけど、これ以上(てい)こうするわけにもいかなくなっていた。しばらく明かりを見つめていた彼は短く息をき、姿せいを正した。


「ご主人のお勤め先は? このお近くですか?」


「はい? ――ええ、そうですけど。明治通り沿い、ほら、専門学校がありますでしょう。その近くにございますが」


「なるほど。まあ、であれば結果はともかくトライすることはできるか」


 彼はどうすればいいかをもう一度組み立て直した。これまで幾度かしてきた方法が今回も有効なのか、とだ。


「あと、ご主人の写真はお持ちですか?」


「ええ」


 女性はバッグから写真を取りだした。眼鏡をかけた七三分けの、とくにけんちょとくちょうなどない中年男のバストショットだった。占いで見えたのはぼうばくとした映像だったけど印象に変わりはない。彼は指を鼻に押しあてた。二人はだまったまま見つめてる。


「いいでしょう。やってみます。まずはあなたの疑念が正しいかのけんしょう。そして、それが正しかった場合は相手の特定。ただし、成功はしょうできませんよ」


「ああ、」


 そう言って、女性はひたいに手をあてた。


「ありがとうございます」


 蓮實淳は腕を組んで背中をみせた。しかし、もうひとつ訊いておかなければならないことを思い出した。


「すみません。お名前をお訊きしてなかったですよね」


 女性はほほみながら、よく通る声でこたえた。


「大和田紀子と申します。夫は義雄です」


 蓮實淳は料金表に「オオワダノリコ/ヨシオ」と書き、細かくうなずいた。


「名前も知らぬまますべて見通せるなんて、ほんとうにすごいお方ですね。期待していますわ」


 深々と頭を下げ、女性はカーテンのすきから出ていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ