68話 運命の歯車は少しずつ動き出す
どんよりとした天気の中、イスフェシア城の客室にて帝国の特殊部隊919小隊のメンバーが集まって緊急の会議を始める。理由としてはアーザノイルから脱走したイスフェシアの勇者が発見した挙句、その勇者がコンダート王国と手を結んでいる事が判明したからだ。
「で、あの女……ブルメだったか、実験の結果はどうだった?」
「マジックパウダーを注入しても自我を失わず、何よりもあのアイテムを使用しても死ななかったので実験は成功したと判明しているよ」
「それは良かった!他の被験者だと力に耐え切れなくて血しぶき出して死ぬか、体が燃えて一瞬にして灰になるかだからね~」
ゼルンは報告書を見ながら歓喜に満ちている。ブルメはイスフェシアの勇者との戦闘で飛空艇から300km先の山まで飛ばされ埋もれていたところをルアールが救出し、今はゼルンが開発した棺桶カプセルで治療している。
「そういえば、あのアイテムをイスフェシアの勇者は“黒いIMSP”って呼んでいたね」
「なるほど、なるほど、では我らが憎きイスフェシアの勇者に敬意を称してそう呼ぼうかな」
ゼルンが盛り上がっている中、ジャックは次の行動をどうするかを考える。
「コンダート王国と手を組んだのであれば、おそらくイスフェシアの勇者はこの皇国を奪還しに来ますね。いかがなさいますか中佐殿?」
「そうだな、まずは奴らを炙り出してやろうか」
俺はゼルンにジンマの稼働準備を依頼する。現在ジンマはテレン聖教皇国で待機しており起動する為には生贄……つまり人の命が必要なのだ。ゼルンは早速、ワイバーンを召喚してテレン聖教皇国に向かう。
ジャックはテレン聖教皇国とイスフェシア皇国の騎士達を集めていつでも戦争が出来る様に準備すると言い部屋から出た。
コンダート王国は陸海空全てにおいてこちらの戦力より勝っている。勝てる要素があるとすれば兵の数とジンマという切り札をどう使うかによるぐらいだ。
陸にジンマを配置させれば敵は陸からの侵略は難しいだろうし、ジンマをコンダート王国に向かわせれば敵もイスフェシア皇国奪還どころじゃすまなくなるだろう。そもそもイスフェシア皇国は高山で囲まれた国だから正門以外での侵入は不可能だ。
空に関してはイスフェシア皇国には外部からの攻撃を受け付けない魔法の壁を展開しているので仮に戦闘機で空襲を受けたとしても空からの攻撃は無意味に終わり、そして最近は転移系魔法でこの国に入れない様に結界を張り直したので転移系魔法による侵入も不可能だ。
そうなると海から攻められる可能性が高いがイスフェシア皇国から海辺までは大分距離がある……が、あの王国なら戦艦から車でもヘリでも出てきそうだから突破される可能性はある。
「ルアールは帝国に戻り“例の軍勢”をテレン聖教皇国の海辺とカタカリ大草原に配置を頼む」
「了解しました。中佐殿」
“例の軍勢”とはゼルンが研究したマジックパウダーを注入しマリー女皇やハーゲン皇帝に施した特殊な洗脳魔法で調教した魔物の軍勢のことである。元々はジンマの生贄として用意されたのだが、ジンマは人の魂を生贄にしなければ復活及び稼働が出来ないと判明した為にゼルンがこの魔物達を“おもちゃ”としていろいろ実験をしていたらしい。
「さて、ラピスは女皇と皇帝を使って宣戦布告を、後は牢獄の奴らも利用しよう」
「かしこまりました。それでは行って参ります」
「レイ兄ぃ、私は?」
「ラーシャは引き続きイスフェシアの勇者の仲間の監視を頼む、何かあれば直ぐに連絡をしてくれ」
「わかったわ!」
ラピスとラーシャは部屋を出てそれぞれの場所に向かう。一息ついて仮面を外し、珈琲を飲んでいると背後から憎悪を纏った気配を感じる。その憎悪は黒い煙となり俺を包むと懐かしき黒い空間に移動させられる。
テーブルの椅子には骨男が座っている。俺をこの世界に転移させた張本人である邪神ヴェノムだ。
「よう、久しぶりだな」
「ああ、あれから約束通り魂を集めてくれているな。感謝するぞ」
「まぁ貯めた魂のいくつかはジンマに使っちまったからお前の復活は遠のいたがな」
ヴェノムとの約束とは一定以上の魂を集めてこの男を降臨させる事が出来れば俺の妹……亜紀をこの世界に転生させて貰えるというものだ。
これまでこの世界と元いた世界で人間やモンスターを殺し続けて魂を集めた数は数万を超える。しかしそれでもこの邪神を蘇らせる事はできない。
そういえば、この邪神は何故この世界に君臨したいのか理由を聞いていなかったなと思いヴェノムに聞いてみる。するとヴェノムは鼻で笑う。
「我はこの惑星が気に入らなくてな、人間は身勝手で他の種族を差別し大気や水を汚染しては自然を破壊する。たとえ魔族や獣が平和的に暮らそうとしても人間はそれらを“モンスター”と呼び己の都合で殺生を犯す。故に我は人間共を抹殺し一度この惑星を滅ぼす、そして我が新しい惑星を創造して豊かな自然と人間のいない世界を築き上げるのだ」
「ちょっと待て、それじゃあ俺との約束はどうなる?まさか亜紀を転生させた後俺らを抹殺する気か?」
「安心しろ、貴様ら二人は我が創り出す惑星で魔族として生きてもらう。命と豊かな暮らしは約束しよう」
ヴェノムは右手から一枚のカードをテーブルに置く。これが何かを尋ねるとこれにはある人の魂が入っていると言う。
「まさか亜紀の魂が!?」
「早く再会できるとよいな。では引き続き頼むぞ」
黒い煙が再び俺を包むと元にいた部屋に戻った。テーブルにはヴェノムが置いたカードが残っている。それを大切に持ち、傷つかない様にアイテムゲートにしまう。
一方、イスフェシア城の牢獄にてモーレアとウインチェルの前にアルメリアとラピスが訪れる。モーレアが何の用かを尋ねるとラピスはコンダート王国がイスフェシア皇国に攻めてくる可能性がある、だから二人を解放し監視は着くがある程度の自由を約束する代わりにコンダート王国からの進撃を止めてほしいと言われる。
「ちなみに断ったら?」
「一生この牢獄で暮らす事になります」
「ふ~ん、じゃあ乗るかウインチェル」
「え、私は」
「いいじゃんか、ここだと何も出来ないしここから出れば反逆し放題だろ」
「私達の前でよくそんな事が言えますね」
ラピスは扉の鍵を開けてモーレアとウインチェルに指輪を付ける。この指輪はルアールの能力で爆弾に変えられており、裏切りや逆らった場合は爆発する仕掛けになっている。その裏切り行為をどうやって判定するかは監視役の人が見て判定するらしい。
「つまり、その気になればいつでも爆破できるって訳ですか」
「変な気は起こさないでくださいね、では早速仕事をしてもらいます」
「その前に飯だ、久しぶりに料理長が作る飯が食いたい……それぐらいいいだろう?」
ラピスは渋々と許可すると早速モーレアは食堂に向かってメニューを見る。メニューには見たことがない料理が書かれている。
料理長はオゼットがいた世界の料理を教えてもらったりデスニア帝国の料理をラーシャに聞いたりして他国の料理を勉強しているらしい。それを知ったマリー陛下は他国に住む知り合いの貴族に話をしてイスフェシア皇国にはない食材を輸入してもらっている。
「何?出雲国でしか食べられない鰻重があるだと!?」
「このカツ丼って料理はなんでしょう?これも出雲国の料理ですか?」
「いや、出雲国にはないな。だけど米の上に豚カツを卵で閉じた料理……オゼットがいた国の料理かな」
「まさかグヤーシュが……帝国料理が食べられるとはここの料理長は凄いですね」
「たまに思うのだけど、あの料理長って本当はオゼット君みたいに異世界から来た人だったりしない?」
いつの間にか4人で昼食取る形になってしまったがそれぞれ料理を注文してしばらく待つと料理長自ら料理を運んでくる。
「よぉ料理長、久しぶりだな!」
「お久しぶりですモーレアさん、無事に釈放されたのですね」
「まぁな、またここの食堂に世話になるぜ」
「あなたが相手ですと腕が鳴りますね」
「おうよ、早速この飯をいただくぜ!」
全員がそれぞれ頼んだ料理を食べ始めると表情が変わる。今までに食べた事がない料理、本場の味には遠いが故郷を思い出す料理、この国ならではの料理……別々の料理や味ではあるが共通している事は“美味しい”という事だ。
「……敵と食事をしているなんて何をしているのかしら私は」
ラピスはボソッと小言をいうとそれが聞こえたのか料理長はラピスに奥のテーブルに指をさす。
テーブル席にはミーアとラルマとラーシャが座っていて最初は口喧嘩をしていたみたいだが、今は料理を食べて仲直りをしている。たとえ他国の人同士だろうが料理を食べるのに皇国とか帝国とか国など関係ないし仲を取り合う事も可能なのだと料理長は語る。
食事を終え料理長にお礼を言うとラピスはウインチェルと共に研究室に向かい、アルメリアとモーレアはマリー陛下がいる王宮の間で護衛任務する事になった。
「……ところで俺が牢獄で頼んだアレはどうなった?」
「ああ、あの“暗号音”の答えね。無事にエンザント村で勢力は集まって来ているわ」
「そうか、サンキュー」
暗号音とは音の長さでメッセージを表す方法。モーレアは牢獄の中で鉄格子を叩いたり、スプーンで音を立ててずっと「反逆せよ」とアルメリアにメッセージを伝えていたのだ。
アルメリアはそれを理解してガイルやディズヌフと協力して仲間を集めて反逆の準備をしていた、全てはマリー陛下の洗脳を解きかつて平和だったイスフェシア皇国を取り戻す為に。
「ところでもし私が本当に裏切っていたらどうするつもりだった?」
「昔から付き合いは長いからな。最初は裏切ったと思ったがお前が“私は最初からマリー様の忠実な僕”って言った時に察したわ。」
「そう……後で自分の部屋に戻ったらテーブルの上に報告書があるから目を通すようにね」
アルメリアが王宮の間に入るのを確認した後、モーレアは早速自分の部屋に戻りテーブルの上にぬいぐるみが置いてある。そのぬいぐるみの背中からはみ出ている糸を引っ張ると折り畳んである報告書が一緒に出て来た。




