58話 ミュンシェン
俺はいったい何が何だか状況が飲み込めないでいる。
レイブンとの戦いに敗れた俺は薄暗く腐敗臭の漂う牢獄に閉じ込められ、そこで激しい拷問を受け意識をほとんど失っていたというのに……。
それが今、全身黒ずくめの人達に助けられ、さらに治療をしてもらい飛竜でミュンシェンと呼ばれる港町に送られていた。
「ここから、東にある酒場に向かい店主にこれを渡してください」
「何から何までありがとうございます」
「では、我々はこれで失礼します。ご武運を」
黒ずくめの人達は俺をミュンシェンの町から少し離れた場所まで運んでくれていた。
その人達は書簡と小さなメモを俺に渡すとすぐに飛竜に乗って空高く飛び去っていってしまった。
なるほどあれがフェリシアが言っていたコンダート王国の人達か、服装とか最初に助けてくれた時に腕の鎖を大型のチェーンカッターで切り離した時とか、彼らが持っていたアサルトライフルとか明らかにこの世界で存在したらおかしい物ばかり持っていたな……。
もしかしたらコンダート王国の転移者は俺達の世界では軍人だったのかもしれないな。そしてフェリシアみたいな神々にIMSPみたいなチート能力を持ったアイテムを貰って、それを使って軍隊を作ったんだろうと思う。
いろいろと思う事はあるが、ひとまず今後の目標としてはこの港町の東にある酒場に向かい、そこにいるとある人物にこの書簡を渡す、そうすれば船でコンダート王国に向かうことができるらしい。
飛竜に乗ってそのままコンダート王国に向かえばすぐにつくことが可能だが、向かうためには帝国上空を否が応でも通らなければならず、そうなると警戒している帝国空軍の飛行艇や竜騎兵に見つかりやすくなってしまう。
もし見つかってしまえば、IMSPを奪われている今の自分では一切抵抗することも出来ずに俺は再び捕まってしまうだろう。
そうあってはならないので、今回救出してくれた兵士によると、これから行くミュンシェンの町のとある酒場で待つとある人物に会うように言われている。
その人物というのは、密かに王国側に情報を提供している”協力者”である帝国空軍のヴェルケーニという人物で、彼は王国との”取引”の代価として俺の帝国脱出を手助けしてくれるという。
とりあえず歩きながらそれらしい店を探すと昼間から酒を飲んでいる男達が集まっている酒場を見つけた。
酒場の扉を開けて店主がいるカウンターに座る。
「おい坊主、ここにミルクはねぇぞ」
「これを渡しに来ました」
店主に王国兵士から貰った書簡を渡すと店主はその内容を読む。
「……なるほど、お前さんがイスフェシアの勇者か、少し待ってな」
店主は裏口に向かい少し待つと店主と一緒に大男が出て来る。
「大尉、こちらに座っている方が例の人物です」
「君がオゼット君か、私はヴェルケーニ・エルヴィレッタだ。よろしく」
「オゼットです。よろしくお願いします」
ヴェルケーニについてきてくれと言われ一緒に外に出た。
店の裏側に向かうとそこには馬車が用意されていた。
その馬車に揺られること10分ぐらいで港にある巨大な船に到着する。
ヴェルケーニは馬車を降りて船長らしき人物と話をして少しするとその人物と一緒に戻って来た。
「俺はポーラ・デュオス。この船の船長を務めている。これからよろしくな!」
「はい、よろしくお願いします」
このガレオン船は元々帝国海軍が使用していた船だったそうで、ポーラさんやこの船にいる乗組員全員元帝国の海軍軍人だった。
今は帝国のやり方に不満を持ち今は反政府派として活動していて、そんな彼らはコンダート王国軍から見返りをもらう代わりにこの提案に乗った。
ヴェルケーニさんは別件の仕事があると言って馬車に乗って店に持って行った。俺はこのガレオン船に乗って海の旅へと出るのであった。
一方、ディシアの軍病院にてレイブンは報告書を読んでいる途中で不愉快な気持ちになっていた。その報告書の内容はアーザノイル城が襲撃を受け警備していた兵は12人が死亡、生き残った警備兵達の報告では気絶していて何が起きたかわからないとのこと。そして最悪なことに捕縛していたコンダート王国軍の将校だけでなくイスフェシアの勇者も脱走したらしい。
「とりあえず、その気絶していた警備兵どもは俺が退院したら殺しとくから牢屋にぶち込んでおけ」
「かしこまりました」
「やれやれ……せっかく捕まえたのに直ぐに逃げられるとは俺の努力は報われないな」
「しかしイスフェシアの勇者が所持していたアレはゼルンさんが研究の一環として保管していますので、あまり脅威にならないと思います」
ラピスの言う通り、イスフェシアの勇者が所持していたスマートフォンはゼルンに預けている。ゼルンはこの端末がどういう仕組みで動いているのかを興味を持ち現在は解析に励んでいるらしい。
あのスマートフォンが俺のCCSと同じチート能力を持っているなら、あの端末をこちらが所持している限りイスフェシアの勇者は能力や魔法は使用できない。
「しかし、気になる点としてはどうやって逃げたかだ。奴には鎖で繋いで逃げられないし奴の部屋には警備兵の巡回を強化していたはず、とても一人で脱走するのは無理だ。しかもコンダート王国軍の将校も逃げ出している」
「では、イスフェシアの勇者の仲間が助けに来たと? イスフェシア皇国やテレン聖教皇国にいる彼の仲間は監視役を付けていて国の外には出さないようにしていますし、彼がアーザノイル城に収容したことは知らないはずです。となると考えられるのは……」
「情報が漏れている……内通者がいるってことになるのか?さらにこの感じ救助に来たのはイスフェシア皇国の連中じゃないな……ああ、そこは考慮してなかったわ」
確かにイスフェシアの勇者を捕らえた時、陛下を含めて全ての帝国軍に報告をした、もし内通者がいるならこの情報を聞いて彼を救出する作戦を計画したって不思議じゃないか。こうなるなら俺達の小隊だけに情報を共有するべきだったな……。
あと一つ考えられるのはコンダート王国軍の存在だ。
その何者かによってイスフェシア皇国の勇者のみならず、コンダート王国軍の将校も救出されている状況であることを考えるとなおさらだ。
あいつ等なら王国から遠いはずのディシアに悠々と爆撃しに来た連中だから、こちらが気遣いないうちに帝国内に侵入していても不思議な話ではないだろう。
そうなると捜索隊には生半可な指示は出せないだろう。
「すまない」
「中佐殿の所為ではありませんよ、悪いのはその情報を流した内通者です。その内通者を見つけましたら私が始末します」
「捜索隊を編成してイスフェシアの勇者を探し出せ。見つけ次第捕獲、捕獲が困難な場合は殺しても構わん。……それとバックにコンダート王国軍がいるかもしれない十分に注意しろ」
「かしこまりました。早速手配します」
ラピスは病室を出て、事務所へと向かった。




