2話 そして宴が始まる
草原から馬を使って移動していた翼は都に到着した。ここはファンタジー・ワールドの中でも一番大きいと言われる都、インストラガン。
この都には初心者から上級者まで様々なプレイヤーが集まっていて、そこには武器屋、アイテム屋、ギルドなどの施設が立ち並ぶ。
「さて、目的地到着!」
翼は召喚した馬“剛火”から降りてギルド施設に向かい、施設にあるテーブル席の椅子に座る。数分後、二人のプレイヤーが、翼が座っているテーブル席に近づいてきた。
「こんばんは、オゼットさん。今日も素材集めかい?」
彼らはネット友達のヤルダとヴォクシー、俺と同じギルドチーム『アイファーヘルツ』のメンバーだ。いつも彼らと一緒にクエストを周回したり、素材集めなどをしている。
「こんばんは、ヤルダさん、ヴォクシーさん。今日は裏ダンジョンにいるゴールドデーモンが落とす“金色の心臓”を手に入れようと思っているんですよ。あと一個あれば欲しい武器が作れるんですけど……」
「あーあのドロップ率0.1%のレア素材ですか、オゼットさんも大変ですねぇ。宜しければお手伝いをしますか?」
「是非お願いします!」
翼達は席から離れ、ヤルダが魔法陣を展開し翼とヴォクシーが魔法陣の中に入る。
「ディメンション・テレポート」
魔法陣が光り、翼達の姿が消える。
その頃、真理は眠気を覚まして目を開く、そこには見たこともない光景でどこかの山らしい。黒いフードと仮面を被った男は真理を肩に抱えて山を降りている。
「ここは……」
「目が覚めたか?」
男は真理を投げて、ナイフを向ける。真理は足がすくんで動けない。
「あ、あなたは誰!? 何でこんな事をするの!?」
「お前に教える必要はない、死んでもらうがその前に楽しませてもらうぜ」
男はナイフで真理のYシャツを刻もうとするが、真理は叫び声を上げながら男の股間を蹴り、全力で走っていく。
「おふ!? い、痛てぇじゃねぇか…逃げられると思ってんのかよ!!」
真理はひたすら真っ直ぐに走っていく。
少しでもあの男から離れ逃げなくては……自分は確実に殺される。そう思ってひ必死に走る。だがその先は崖で行き止まりだった。男はゆっくりと真理に近づいてくる。
「諦めな、お前はもう死ぬんだよ」
真理は崖に追い詰められ、どうすれば助かるかを考える。助かるかどうかはわからないが方法を思い付くと覚悟を決め、深呼吸をする。
「あんたみたいな奴に殺されるぐらいなら…」
真理は崖から飛び降りた。男は真理が飛び降りた崖に近づき崖の下を覗くが、暗闇で下の底までは見れなかった。
「ヒュ~、やるね~あの女、でもこれじゃあ助からないな。ま、お仕事も終わった事だし飯でも食いに行くか」
男はその場を去り、姿を消した。
一方、その頃、翼は仲間達と一緒にゴールドデーモンが生息している『悪魔の巣窟』に向かい、ゴールドデーモンと戦闘、勝利し、見事に『金色の心臓』を手にしたのである。
「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!これであの武器が作れる!!二人共、本当にありがとうございます!!!」
「良かったな、オゼット」
「おめでとうー」
翼は協力してくれた二人に感謝し、都に戻って早速武器屋に向かうことにした。
そして欲しかった武器の素材を店員に渡し、作ってもらう。ヤルダとヴォクシーも後から入って来て翼と一緒に期待しながら待つこと数分後、店員が出てきて完成した物を翼に渡してくれた。それはとても輝かしい金色の盾だった。
「ついに…ついに手に入れたぞ! オメガ・アイギス!! この盾または盾から展開されるフィールドバリアに触れたあらゆる物を光粒子に変換する効果を持つ。まさにとんでも兵器!!」
「これさえあれば、もう怖いもんはないな」
「次からクエストも楽になるねー」
二人は上機嫌になっている翼を祝福する。
「早速こいつを試して…ん?誰だ?こんな時に…」
翼の前に突如、空中にメニュー画面が開き、“母から着信があります”と書かれている。
「すいません。母親から連絡あって、たぶん飯だと思うので一旦落ちますね」
「おう、いってら」
「じゃあ後でね」
翼はメニュー画面からログアウトボタンを押し、その場を後にした。
画面が暗くなり、VRゴーグルを外すと元にいた自分の部屋のベッドにいる。起き上がり、下の階のリビングに向かう。そこには不安そうな顔をした母がいた。どうやら晩ご飯で呼ばれた訳ではないらしい。
「どうしたの?何かあった?」
「さっき、真理ちゃんのお母さんから連絡があってね、真理ちゃんまだ帰って来ないんだって」
「んなアホな、あいつ俺よりも先に帰ったはずだぞ?」
「真理ちゃん、今日はデパートで買い物してから帰るって連絡したらしいんだけど、10時になっても帰って来ないから真理ちゃんに何回も連絡したけど電話に出ないんだって」
確かにおかしい。今日の研修は夕方5時30分に終わって、買い物して帰るだけならそんなに時間は掛からない。
「ゲーセンやカラオケとかに行っているんじゃね?」
「でも、何回も連絡したら流石に気付くよね?あの子なら気付いたなら直ぐに連絡すると思うけど」
翼はリビングの時計を見る。時刻は23時17分、確かに真理なら遅く帰る場合は親に連絡するし、この時間帯で親の連絡を気付かないのは何かあったのかもしれない。翼はスーツからパーカーとジーパンに着替えて外に出る準備をする。
「もしものことがあったら警察に連絡を、俺はあのバカが行きそうな場所を探してくる」
「わかったわ。翼も気を付けてね」
外に出てまずは真理の母親に連絡し、事情を聞き状況を整理する。
真理は研修が終わった後に買い物しにデパートに向かったらしい。
そして10時になっても帰って来ないので何回も連絡をしたが電話に出ない、真理の母親は真理の友人にも連絡をしたが誰も今日は真理には会っていないそうだ。友人と会っていないのならカラオケとゲーセンは行ってない。あいつは一人では行かないからだ。デパートもこの時間は閉まっているのでデパートにいるはずはない。とりあえず真理が行きそうなデパートから家までの道を探してみる事にした。
時刻は0時5分、この時間帯になっても真理に連絡しても繋がらない。真理の母親は警察に連絡し、捜索願を出したそうだ。翼は焦り、心に不安が満ちていく。
「くそ! あいつ何してんだよ、冗談にしては笑えないぞ」
翼は今日の朝にやっていたニュースを思い出す。連続誘拐殺人犯がまだ捕まってなく、人を殺害しながら逃走を続けていることを…
翼は走りながら真理を探した。しかし彼女は見つからない。真理が歩いて行きそうな道を予想し、探しているうちに辺りはとても静かで人すら見かけない道路に来た。途中、スマホが鳴り響き翼は即座にスマホを取り出す。画面を見ると相手は母親だった。
「もう家に帰って来なさい。真理ちゃんは警察の人が捜索しているからきっと大丈夫よ」
「悪い、もう少し探してから帰るよ。それじゃ」
通話をきり、もう一度真理に連絡を試みる。繋がらないがどこかで聞き覚えがある着信音が聞こえる。
「この着信音!まさか…」
翼は耳を澄まし、辺りを見回す。その着信音が鳴っている方向に行くとそこには見覚えのあるカバンが落ちていた。
「これは今日、真理が持っていたカバン!?」
カバンの中を開くといつも真理が持っているスマホ、今日研修で使っていたノートが入っている。翼の不安はついに確信へと変わっていき、膝を付く。
「お、落ち着け。まだやらなければならないことがあるだろ!」
そう自分に言い聞かせてまずは真理の母親に連絡して、状況を報告し警察に伝えるようにお願いする。一応カバンが落ちていた場所をスマホのカメラを使って撮り、真理の家に行き、カバンを渡しに行く。真理の両親にそのカバンを渡すと、母親は泣き崩れていき、父親は真理をもう一度探すと言って外に飛び出て行った。
翼は「俺も探します!」と言うが真理の母親に止められる。
「本当にありがとう。でも後は警察に任せて、今日はもう休んで」
悔しいが、確かにこれ以上自分に出来る事はない。翼は落ち込みながらも家に帰り、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
明日こそ真理を見つけてやると自分に言い聞かせて。
意識が段々と遠のいて翼は眠りについていった。